江戸村でござる

□お江戸物語*才蔵とお艶E春告鳥ぷらすオマケ
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暦の上では啓蟄(大地が暖まり、冬の間地中に縮こまっていた虫が這い出て来る頃)も過ぎたとはいえ、春もまだ浅いある日…




「お艶!お艶!」
声と共に、“いわきや”に飛び込んで来た才蔵。

“いわきや”を営む彼の恋女房は、仕込み中の板場から顔を出した。「おや、お前さん。どうしたんだい?」

才蔵「実は三太の奴、腹壊して寝てやがるんだ。アイツの事だ。どこかで拾い食いでもしたんじゃねぇか?それとも、万年床に生やかしたキノコでも食ったのか…。」

口は悪いが心配しているのが、ありありと分かる表情。

お艶「それで大丈夫なのかい?お医者様は?有流先生いないのかい?」

長崎帰りの医者の有流は、なかなかの名医で、貧乏人でも分け隔てなく診てくれるのだ。

才蔵「呼びに行く途中で寄ったのさ。アイツに粥でも作ってやってくんねえか?あ、米、味噌は念の為持って行った方がいいぞ。」


お艶「分かった。直ぐに支度して行って来るよ。お前さんも急いでおくれ。おくまさん、悪いけど聞いての通りだ。」

“いわきや”には通いの手伝いのオバサンのおくまと、少女のお千代がいる。

おくまは以前、小さな煮売り屋の店をやっていたのだが、不運な事に火事のもらい火で焼けてしまった。

彼女の亭主は先に亡くなっており、収入の道を絶たれ、女手1つで3人の子供を抱えて困っている所を、長屋の差配から話を聞いた才蔵が、女房の営む“いわきや”へ引っ張って来たのである。

煮売り屋をやっていた、おくまの蒟蒻や芋の煮物はなかなかの好評で、今では“いわきや”には、無くてはならない人材になっている。

一方、おくまの方も以前、自分の店を開いていた時、みかじめ料(ショバ代)だと土地のゴロツキに売り上げを掠め取られたりしたのだが、“いわきや”は岡っ引きの才蔵の女房がやっている店、しかも同心がしょっちゅう出入りしてるとあっては、そんな輩の影もない事を喜んでいた。

真っ当に汗水流して働いているのに、ゴロツキに金を毟り取られるぐらい悔しい事はないのである。


おくま「こっちは大丈夫だよ、お艶さん。あたしとお千代ちゃんとで、ちゃんとやっておくからね。」

お千代も少女ながら、家計を支える為にこの店で働いている。

家族は7人。

お千代の下にはまだ小さな兄弟がいる。

父親は腕の良い大工だったのだが、長患いで寝付いてしまっていた。

その為、母親は針仕事で一家の口を養っている。

当然針仕事の間は、チョロチョロする小さな子供の面倒は見られないし、見ていたら仕事にならない。

それで、一番上の姉は幼い兄弟の面倒を見ながら、家事をしていたし、お千代は“いわきや”のかきいれ時に働きに来ているのである。

たまに雨の日などで客が少ない時は、余った物を持って帰れるので、お千代も喜んで働いていた。

お艶「三太の様子次第じゃ遅くなるかも…時間になったら店を閉めて帰って構わないから。」

おくまは自分の胸を叩くと「ああ、万事心得てるさ。もっとも、お艶さん目当ての客はいなくてガッカリするかもねぇ…」

お艶「何言ってんだか。」

お艶は米、梅干し、味噌を容器にいれ風呂敷にくるんだ。

お艶「じゃあ、お願いしますよ。」

おくま「はい、行ってらっしゃい。」
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