江戸村でござる
□お江戸物語*才蔵とお艶I
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シュッ!
シュッ!
10月の澄み切った秋の空気を切り裂くように、樫の木刀が行っては戻りの律動を繰り返す。
それを振っているのは才蔵。
彼は汗みどろになりながら、一心に庭先で素振りをしていた。
愚直と言って良いぐらいに、素振りと同時の足捌き…ただひたすらに同じ事を繰り返す。
才蔵「…297、298、299、300…。」
一昨日より、昨日。
昨日より、今日。
一応少しずつその回数を増やしてはいるのだが…。
400を越えた辺りで、すっかり彼は息が上がり、目の前がチカチカして来た。
才蔵「…よん…ひゃく、きゅうじゅ…うきゅう…、ごひゃくぅ〜…」
も、もうダメだ…!
ついにハアハアと荒い息をつき、地面にへたり込む。
そんな事が、この所の才蔵の毎朝の日課であった。
お艶が奉公に行き、一人前の岡っ引きを目指す才蔵は、色々考えた末、剣を習う事にしたのである。
「何?剣を習いてぇだと?いきなりどうした?」と父親の佐七は倅の希望を聞き、訝しげに尋ねたものだ。
才蔵「ホラ。俺、留吉達に殴られただろ?」
留吉と言うのは、才蔵と以前から反りが合わない悪ガキである。
才蔵「…恥ずかしいんだけど、あン時、2人がかりでこられて、どうにもならなかったんだ。たまたま“毘沙門天の岩五郎”に時の氏神って奴で助けて貰ったけど…。例えば悪い奴らに大人数で囲まれた時なんかに、自分で自分を守れるくらいにはなりたいんだよ。岡っ引きにはそういう事ってあるだろ?」
せめて攻撃から身をかわす術(すべ)を覚えたいと才蔵は言った。
佐七「…ふむ。」
それは一理ある。
佐七「確かにな…実際、懐に合い口持ってるような危険な手合いは多い。地回りの粋がってる三下は特にな。こいつらは十手持ちなんか屁とも思ってねえから、いきなりズブっ!ときやがる。最初の一撃をかわせたら随分違うだろう。」