江戸村でござる
□お江戸物語*才蔵とお艶I第4部
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ここのところ1番の江戸の朝の冷え込みだった。
霜柱が立ち、それをザクザクと砕きながら行き交う人々の息は白い。
納豆売りの「なっと、なっと、なっと〜。」や豆腐売りの「と〜ふぃっ、と〜ふぃっ!」の声が響いている。
丼を抱えたおかみさんが「お豆腐屋さーん。」と走り出て来た。
重たい天秤棒を担いだ10歳くらいのしじみ売りの少年も「し〜じみ、し〜じみ」と精一杯声を張り上げ売り歩いている。
彼はよく来る家の前で売り声を上げた。
この家は、人の出入りが多く味噌汁も沢山作るからと言って、行けば必ずしじみを買ってくれるのだ。
もっとも毎日毎回しじみの味噌汁ではうんざりするだろうと、彼なりに考えて行くのは4、5日に1度と決めている。
少年の家では売れ残りのしじみは、当然自己消費になり、それが続くと夢に出てうなされるくらいなのだ。
早速、声を聞きつけ笊を持ったおかみさんが出て来た。
彼女はにっこりと「おはよう。今日は冷えるねぇ…。」
元気に挨拶する少年「おはようございます!ホント冷えますよね。」
その時「すえちゃん!」の声に彼が振り返ると、たまたま通りかかったのか、同じ裏長屋の小母さんが手を振っていた。
少年「あれ?おいね小母さんどうしたの?」
「ちょっと用足しにね。そうしたらあんたを見かけたから。あのね、さっきお姉ちゃん帰って来たよ。」
「ホント!?」少年は嬉しそうな声をあげる。
小母さんはおかしそうに「帰って早々に、お父っつあんと喧嘩してたからね。すぐに帰って来たなって分かったよ。」
少年「ありがと、おいね小母さん。」
その会話を聞いていたおかみさんが「お姉ちゃん?奉公しているのかい?」と尋ねて来た。
少年「ええ、まあ。あんまり帰って来ないんで…。」
おかみさん「なら、久しぶりなんだね。」天秤棒の籠を覗くと「…そうだね、その残りのしじみ、全部貰うよ。」
少年はまだかなり量があるので驚いた「えっ?これ全部?」
おかみさん「…最近、ちょっと色々とあってね、ご近所に配るのにも丁度いいかなって思って。」
少年「本当にいいんですか?」
おかみさんは頷き「こちらも役立つし、あんたも早く店じまいすれば久しぶりに帰ったお姉ちゃんと過ごせるだろ?」