江戸村でござる
□お江戸物語*才蔵とお艶I第7部
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午後を過ぎると、北風が強く吹き付け、土埃や落ち葉が舞った。
江戸の冬の風物詩、乾いたからっ風が吹く季節なのである。
人々は綿を入れた合わせの着物や羽織、刺し子など防寒の身支度をしながらも、冷たい風や埃に目を細め、足早で通り過ぎて行く。
番頭らしき男が、店の前の吹き溜まりに溜まる落ち葉を片付けていた小僧に向かい、声高に火の始末について口が酸っぱくなるぐらい、細々と注意をしている。
町火消し“お”組の纏持ちで、苦味走った男前の茂次は、そんな様子を横目でチラッと見ながら通り過ぎた。
そうそう。用心、用心、火の用心だぜ。
この時期、一旦火の手が上がれば、あっという間に辺り一面焼け野原になってしまう。
「…お?あいつぁ…」
懐手にやけに格好つけた歩き方…知った男だ。
早足で追いつくと、ポンとその肩を叩く。
「何でい」振り返って彼を認めた途端、相手に愛想笑いが浮かぶ。
「…こりゃあ、茂の兄い」
「よう、由太郎」
岩五郎の賭場に、茂次は時々行くので、由太郎とは顔見知りだ。
火消しは担当の町の者から、お世話になってます、などと何かと付け届けが多く懐は暖かい。
茂次は、そう熱くならずに適当に遊び、ほどほどに負けたり勝ったりしていて、勝てば気前よくみんなに酒を奢ったりと、面倒がない客でもある。
もっとも賭場では、岩五郎の目が光っているせいもあるだろう。
茂次は由太郎に身体を寄せて尋ねた。「おい、例の話…どうなった?」
「へへ。もうちょっとでさ。茂兄いもホント、お好きでんすねぇ…」機嫌を取るように言った由太郎。
“火事と喧嘩は江戸の華”
当時そう謳われるぐらい火事が多かった江戸で、火事場に真っ先に入る火消しの男達は、人々から一目も二目も置かれていた。
特に屋根の上で重い纏を高々と持ち上げ、ここは何々組の持ち場だと縄張りを宣言する纏持ちは火消しの花形であり、下手な役者顔負けの人気があった。
加えて茂次は、背が高く引き締まった身体の渋い男前と来ているので、女が群がり、その道ではずい分お盛んである。
又、“そっちのケ”もあり、ヘタな女と俺がどうにかなるより、いっそ男の方がいいって女もいるんだぜ、などとヌケヌケと言ってのけていた。