江戸村でござる
□お江戸物語*才蔵とお艶I第8部
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初冬の早い日暮れに伴い、気温が一気に下がった。
ピュウ…!と吹きつける冷たい風に若い侍…二ノ宮朔也は身を竦ませた。
情を交わした女の暖かい布団から抜け出した後では、殊更寒さが堪える。
煮売屋の屋台で、寒さしのぎに軽く一杯引っかけた彼が、屋敷近くまで戻った時、少し先を歩く人影に気がついた。
その小柄な身体…歩き方、暗がりでも長年の付き合いのおかげですぐ分る。
「龍之進?」
相手も馴染んだ声に振り返り立ち止まる。
「お?朔也か?」
ああ、と答えた朔也は幼馴染みをジロジロ見て、顎をしゃくってよこす。
「お主、昨日は具合が悪いと聞いていたが、もう良いようだな。何処へ行っていたのだ?」
「前にー諸に行った事があるだろう?浅草の相模屋だ」
「相模屋?確か煙草問屋だったな」
龍之進は今までのキセルが壊れた為、新しい物を買いに行った話をした。
これは嘘ではない。
「ほう?どんなのだ?」新品のキセルと聞き、身を乗り出す朔也。
彼は他人の持ち物をやたら気にし、自分の物と比べる傾向が強い。
品が劣れば小馬鹿にし、良ければわざと壊したり、慶三郎にしたようにどうにかして己の物にしてしまったりする。
龍之進は又かと思ったが、言われるまま腰の煙草入れからキセルを取り出し見せてやった。
朔也が座敷芸で慶三郎から取り上げたキセルよりは、ずっと劣るので取られる心配だけはない。
「これよ」
本当にごく普通…何の変哲もないキセルである。
ー目で安心したような朔也が形の良い鼻を鳴らした。「何だ、安物だな。わざわざ浅草まで行ったと言うから、てっきり銀作りか何かと思うたわ」
案の定の言い草にぶ然とした龍之進。
「…そのような物、買える筈がなかろう。あの店は腕の良いキセル職人を抱えておるのでな、値段の割に煙草が美味い」
フーンとそれで納得した朔也は、龍之進を屋敷に誘ったが、彼はそれをまだ本調子でないからと断った。
早く休みたいのだと言った友人の顔を覗きこむようにした朔也。
「…そういえば、少し疲れているようだの」
「ああ。悪いが今日のところは勘弁してくれ」
具合が悪いなら仕方ないかと諦めた朔也だったが、改めて明日は礼二郎の所へ行かないかと誘って来た。
「あやつ、いつもの叔父貴から小遣いを貰ったらしいぞ」
「ほう?なら、何か美味い物でも馳走になるか。この間は俺達が奢ってやったのだしな」
その元手は脅し取った金だが。
朔也はニヤリとし頷いた。「そうとも。友人同士は持ちつ持たれつ。恵みがあれば分かち合うものよ」