企画

玉座に咲いた一輪の華
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「入れ」

扉を叩く前に深呼吸をし、入室の許可を得てからもまた一つ息を吐く。ジオラルドが城から忽然と姿を消してから二年、リリーナがリブロの前に立つ事を許されるようになってからは一年近くの時が経っているが、リリーナはいまだに彼女を前にすることを思うと緊張してしまう。

「失礼いたします」

一礼とともに執務室へ足を踏み入れ、見えた主の姿にリリーナは惹きつけられた。リリーナは幸運にもこの一年で何度もその姿を目に入れる機会を得ることが出来たが何度目にしても感嘆せずにはいられない。

背にかかる濡れたような黒髪、手元の書類を見るために耳にかけられた真っすぐな漆黒は雪のように白い肌と相まって女であるリリーナですら見惚れるほど扇情的だ。書類に向けられている切れ長の目の美しさと厳しさはよく知っている。その眼に見つめられれば嘘はつけない。甘えは許されない。けれど、その眼に認められるのは誰に認められるよりも嬉しいと感じられる公平な厳しさがあった。

王位継承権を第一に持つ王子が消えてから、他の王位継承権を持つ人物達をその実力でもって黙らせた彼女は徹底した実力主義者であった。女であろうが、男であろうが関係なく、家柄よりも実力を優遇する彼女はリリーナが待ち望んでいた主だった。現王が賢君でないとは言わない。重い税を強いることなく、安定した暮らしを国民に与える穏やかな人柄は民から愛されている。王子であるジオラルドも父王の性質を引き継いでおり、かの王子が王位を継承することを国民達は望んでいた。けれど、リリーナはそれでは足りなかったのだ。平和で変わらない生活は必要なものであるけれど、それではリリーナのしたい事は出来なかった。女だてらに剣を持たせれば村の男の誰よりも強くあってみせ、ペンを握らせれば村の大人であってもリリーナの頭の回転には敵わない。誰もが彼女が男であればと冗談ごとのように嘆いた。男であれば城にあがれるのに。きっとひとかどの人物になれるだろうにと。自身が女であることを一番に悔んだのはリリーナだ。村の大人が戯れにいう言葉が彼女にとっては戯れではなかった。何度もどうして自分は男ではないのかと神に問うた。したいことがある。どうすればもっと村が暮らしやすくなるか、もっと潤うか、もっと言えばどうすれば国がもっともっと素晴らしい国になるかを考える仕事に就きたいと願っていた。それを叶える実力があることは理解していた。国を動かす仕事に自分が就ければどんなにいいかと夢見た願いは女であるという一点、どうしようもない事実によってただの夢になっていた。

その夢にまで見た願いが叶う事になったのはリブロが政治を執るようになってからだ。女が政治を動かす。これまでの貴族では思いもつかなかっただろう事を彼女は大胆に、そして鮮やかに次々と現実にしていって見せた。城に女を入れるという案を出したのも彼女だ。そしてその案を通したのも彼女である。侍女としてではない。政治を扱う人員として彼女は人を欲した。男ではない。実力を持った人間を募ったのだ。夢が叶うチャンスを与えられてリリーナは躊躇わなかった。叶うはずもないと思っていた夢を与えてくれた人の元で働きたいと、幼いころからの夢が叶えられると、がむしゃらに走って来たこの一年でリリーナはリブロと顔を合わせて話せるような立ち場まで登りつめることが出来た。

リリーナはリブロを目にすると夢の中にいるような気分になることがある。リリーナにとって彼女はまさにトードリアの国そのもののような女性なのだ。絢爛豪華な春と身も心も凍りそうな冬の顔を持つ国。彼女もまた冬のような厳しさと凛とした冷たい美しさを持ち、それでいて女性特有の艶めいた色も持っている。家を守ることを半ば義務付けられている女性に理想とされる柔らかさは持っていないけれど、彼女にはどこか華があった。彼女のような主の元で働ける事がリリーナにとっては夢のようでならないのだ。

もう少し、もう少しでリリーナの夢が本当の現実になる。ジオラルドがいなくなり、彼女が様々な成果をあげたことにより、彼女を王にという動きが出ているのだ。王の元で働くという夢があと少しで現実になろうとしているのである。それもただの王ではない。夢を叶えてくれた、豊かにしたいと願った国そのもののような女性を主君に働けるのだ。リリーナにとってこの事以上に嬉しいことはない。

リリーナが踏み出した気配で顔をあげたリブロの黒髪がさらりと揺れる。その髪にそう遠くない未来、王冠が載ることをうっとりと想像してリリーナは彼女へ近づいた。







玉座に咲いた一輪の華



(今の私が夢見るのは王たる貴女の姿)


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