てのひら稲妻町
□アイロニィ
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「お前、そんなとこで泣いてんのかよ」
「うわっ!」
アルゼンチンとの試合後、皆と合流した円堂は一人でイナズマキャラバンの中にいた。
窓側に座り真っ暗な空を眺めていたところを、窓の向こうから不動に話し掛けられた。
キャラバンに寄り掛かり見上げられて、思わず円堂は顔を引っ込める。
「ここにいると、エイリア戦のこと思い出すんだ」
「…俺には胸糞悪い記憶しかないねぇ」
「もし不動があの時から仲間だったら、すっげぇ心強かっただろうなぁ」
「はっ、冗談」
座席を見回して浮かぶのはチームのみんな。一之瀬や土門、塔子達に…吹雪。
日本が、地球が危機あったというのに、今よりもどこか自分は違っていたと思う。サッカーが何なのかって、はっきりと言えていた。
「みんなで、笑顔で、自分の精一杯で、楽しもうって…」
「綺麗事だったんだな」
「違う…」
「ホントはもう諦めてんだろ」
イナズマジャパンが負けた。初の敗戦だった。現実へと引き戻すのは不動の鋭い言葉。
その時、円堂達はモニター越しで座って、無情にも試合終了のホイッスルが響くスタジアムを眺めていただけだった。
「終わったわけじゃない」
まだ希望はある。可能性はある。
―これからの試合に全て勝つ。
なんて。
「まぁ…今のうちにせいぜい楽しんどけよ」
「……」
予想以上に落ち込んでいる様子に少し驚いた不動は、興が冷めたのかその場を立ち去ろうとした。
「不動」
「…何、「言いたいことがあるなら全部言ってくれ!」」
そこにいつもの笑顔なんて微塵も無く、不動は目を見開いた。イギリス代表に挑発された時なんて自ら仲間を制していたのに。
「思ってること…直接言ってくれるの、お前しかいないんだ」
思い出したように笑う円堂だったが、もはや笑顔とは程遠い。不動は再び寄り掛かり、一度目を伏せた。
「つまり他の奴ら全員が、俺と同じようなこと思ってるって言いてぇのか」
割り切れなかった自分が悪いのか。
そこに踏み入れた自分が悪いのか。
もしあの時、(不動達を)(影山を)追わなかったら…?
「皆の、目を見ただけで、『お前のせいだ』って言われてる気がした。…でも。身勝手だって言われても。フィディオは……友達、だから、鬼道も、佐久間も、お前も…」
「……」
「豪炎寺が、風丸も、ヒロトだって…俺が背負うもの全部、全部代わりに、」
途切れ途切れだった。声はか細いし、嗚咽のせいで単語を聞き取るのがやっと。
それでも、不動が円堂を急かすことはなかった。相槌を打つでもなく、円堂の暗く弱い部分に耳を傾ける。
「俺が頑張らなきゃいけないのに…」
「……」
そしてその全てが掻き消えた時、不動は突き放すように言った。
「お前さぁ…イナズマジャパンは自分がいなきゃ何もできないって、勘違いしてんじゃねぇの」
「なに、言って…」
組んでいた腕を下ろし、ジャージのポケットへ手を突っ込んで振り向く。不動は先程声をかけた時と同じように円堂の顔を見上げた。
一瞬、月に雲が重なり、真っ直ぐで純粋なブラウンには重い影が落ちる。
「キャプテンはあの部屋にいたってだけで、あいつらの試合なんて見てなかったんだな」
「そんなんじゃない…」
そして、再び月が顔を出し、見下ろすナイトブルーに陰りなど無かった。
「だったらあいつらをもっと信じてやるとかできねぇのかよ!お前は俺を、あいつらを信じるって言ったんだろうが!」
「それは…!」
不動は荒っぽい息を落ち着かせて淡々と続ける。見えない両手に力が篭った。
「勝手なこと言うなって思っただろ。今のが、アンタお得意の綺麗事ってやつだ。そうやってくだらねぇこと考えてる限り、それは綺麗事のまま変わんねぇんだろうな」
「不、動」
不動は名前を呼ばれて俯いた。
絶大な信頼に包まれているこいつにも綻びがあった。これは絶好の機会なのに。これ以上こいつを崩すことを拒否する自分はなんだ。
「鬼道を変えたお前なら、簡単にできることじゃねぇのかよ」
「俺は…俺にそんな」
「円堂」
今度は円堂が名前を呼ばれ、唇を噛み締める。
悔しくて悲しいのに。どうしてこんなに安心するのだろうか。握りしめている両手がぼやける。崩れそうになる自分を支える声に、また涙が出てしまいそうだ。
「今だけ、」
「ああ」
「ごめん、な」
「謝ってんじゃねぇ…」
「っ…うぁあああっ!ひぐっ、うぅぅっ!」
手と手が触れているわけでもないのに。
背中を摩られているわけでもないのに。
辛うじて留まっていた声も抑えきれずに泣いた。
「(どうせここで思い出してたのも、仲間を救えなかった自分なんだろ)」
粋がった皮肉なんて反吐が出て言えなかった。
End.