てのひら稲妻町
□すき眠いすき
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「おはよ」
「おはようふど、…!?」
突然視界が回転して口を塞がれた。
今日は練習が無い日。珍しく早く起きたから、ランニングでもしようと身支度を済ませたところに、突然不動が入ってきたのだ。
「は、なっ、おはよう!」
「はいはいおはよぉ…」
聞いたこともない寝ぼけたような声と、今にも閉じそうな目に思わず頬が緩むが、事態は深刻だ。
「もう一回」
「待っ!…ふ」
ぐったりと完全に体重を預けしな垂れかかる不動の身体は引きはがそうにも全く動かない。
「はぁ…おはよ」
「お、おう…」
長い口づけからやっと解放され、ゆっくり酸素を吸ってからため息をついた。
一旦力を抜いて先程打ち付けた背中の痛みにはははと苦笑する。
「……」
「不動ー」
「…ん」
衣服を通して伝わる鼓動と体温に思わず胸が高鳴った。
ここ、ちゃんと俺の部屋だよな。ノックされた音を聞いて、開けた…。大丈、
「!」
不動はドアを閉めていなかった。
腕に力を込めて今度こそ不動の身体を押し退ける。こっちは必死だ。すると眉間にしわを寄せた不動に腕を払われ、今度はぎゅうと抱き着いてきた。
「はぁっ、は、おはよう!」
「はよ…円堂ー」
「なっ、あの、閉めろって!」
「おう…」
「……」
「……」
5秒待った。動かない。
ガチャッ。
「!?」
出し抜けにドアが閉まると同時にその音が響いた。耳元では不動の寝息が聞こえる。俺は固まったままドアを凝視した。
自然に閉まることは、ないでもないが。
「…ふど、不動!」
「ァア?るせーな…」
瞼をとじたまま頭の向きを変え、またくたりと力を抜く。俺は布団じゃない。
「もし見られてたら、お前のせいだからな!」
ぺろ。
「ひっ…!」
人の話しも聞かず口を寄せてきた。耳に弱い電流のようなものを感じ、思わず声を上げるとふ、と笑い声がこぼれ落ちてきた。
さらに背中や鎖骨、うなじを撫で上げられて、唇を噛んで必死に声を殺す。
「んー…!んぅ、う」
「堪えんなばーか」
「うう、あ!ふ、んふぅ」
唇を割られて、またキスされた。不動が上に乗っているせいで余計に深く舌が滑り込んでくる。
「ふ、るひ、…いっ」
「イイ…?」
「だぁっ!なんでそういうこと、すんだよ…はぁ」
「面白ェから?」
きつく抱きしめて、頬にゆっくり口づけを落とされる。いちいち声が出てしまって悔しかった。
「嘘だ」
「本当」
「本当は、嫌いなんだ」
「俺のこと?」
「違っ、お前が!俺なんか」
「うざ…」
貫く形の無い痛み。今更心臓が暴れだす。怖い。自分から言っておいて、怖い。鼻がつんとして不動の顔が滲んだ。手に力が入らない。
「別にさぁ…言わなくたって」
「うぅ、う、」
見られたくないと顔を背けると涙が耳元へと流れ落ちた。
「円堂」
「……、」
それを拭おうとする指先についびくりと反応してしまい、そのまま触れずに戻る。動きが寂しかった。
「円堂」
「ぅ…うん」
「お前が欲しい」
「…え?」
「円堂…」
溢れる雫を舐め取られる。熱くて、優しくて、そこからじわじわと溶けてしまいうになった。
「あんたが欲しい…欲しい」
胸の奥。触れないそこがきゅううと疼く。
嬉しいのに辛い。けど嬉しい。悲しい。苦しい。
緊張で強張る身体を動かして見た不動は、切なくも笑っていた。
「どうしたらくれるかなぁ…って。本気で考えてんだけど」
手を絡められ、耳元で言葉を紡がれる。低くて安心する声。
冷えた不動の手を握り返せなくて、不自然に自分の指が引っかかったまま人差し指と中指で耳を挟まれた。
「耳柔らかいな」
「いや、だ…はあ…っ、あ」
すると不動の顔は見えなくなった。嘘みたいに、また悪戯を愉しむ声が届く。
「…聞いてんの?気持ち良くてわからない?」
「しゃべる、な、っ」
しかし、抵抗すればするほど頭を引き寄せられてしまうだけった。
「何すると気持ち良い?囁いてりゃいい?」
むしろあなたのその手のほとんどを覆い隠している、服の袖が、肌触りがよくて気持ち良かったです。
「おい…答えろよ」
「え…?んああっ…しなく、て、いい…」
俺がそう告げると、不動はあからさまに不機嫌な表情を浮かべ、耳を噛んできた。
「…っう!いいって、ぇ…なあ、」
「みみ…よあいあろ」
ちゅ。ぴちゃっ。生温い舌先がわざとらしく音を立て弄ぶ。喋るならちゃんと喋ってくれ。こっちが恥ずかしい。
「あ、あ、弱く、ない…!…ぅ」
「えんどぉ…」
ぞくぞくと受け続ける刺激と、時折囁かれる甘い声に思わず身体が跳ねる。
「んんっ!ん!ああ…」
「んぅ、ん……感じた?」
いつの間にか不動の服を握りしめていた手を見つめ、呼吸を整えた。
流されるな。伝えなきゃいけないことが、あるんだ。不動の言ったことが本当なら…。
「ほし…」
「……えんど、」
「俺だって、欲しいよ…!」
鋭い瞳でフィールドを見つめ、戦略を練る不動の瞳が、脳が。
今は俺だけを見つめて、俺のことだけを考えているなんて。そんなの。
幸せしか感じないんだ。
「もし誰かに取られ…たら、俺」
不安に潰されそうで。
だけど俺は不動の『何か』じゃないから、その時が来ても不動を奪い取る理由なんて無くて。
「不動…」
「円、堂」
それでも俺が不動を好きな気持ちは消えてくれそうにない。ずっとずっとこの息苦しさに包まれるのかと思うと頭の中から不動を消したくなった。
そう思った自分が嫌いだった。
「俺は…お前がくれんなら、全部やる」
「…っ」
這う恐怖感を照らして取り除くように囁く不動の声と、額にこつんと当たる額。
「うわ…」
そして猫のように頬擦りされ不動の頬も涙で濡れる。
「おかげで、すっかり目が覚めました」
「い、いまさら」
「お前さ、少しは自分がどんな奴かって考えたら?」
「考えてるよちゃんと…!」
「そうは見えねぇ。俺がどんだけお前に依存してるか、気づいてないから」
「ぼっ!寝ぼけてんだろ!」
「今日一日、お前の時間よこせな」
「それも、いまさら」
目を合わせて笑いあって、二人の休日が動き出した。
End.