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□心奧ハーケン
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振り返らないとわからない。一度立ち止まらないと気付けない。どうせあれもこれも嘘だ。己を守る為の黒い幻想。なんて吐き気のする世界。自分の、世界。



唇を離すとくらくらした。ふらふら泳ぐ目が見えた。頬を撫でてみるとはあと息を漏らして寄り掛かってくる。その重さに任せるように壁に寄り掛かりながら座り込み、オズの身体を抱きしめた。

「エリ、オ…」

「……」

「今日…違う」

「何が」

「や、優しいっていうか…」

「……」

「ありがと、う」

「は?」

「嬉しい」

「ああそうかよ」

「そうだよ」

きゅっと服を握る手につい頬が緩んだ。幸い相手は俯いたままでこちらを見ようとしない。

「もうすぐ時間?」

「今日はまだいられる」

「あ、本当に?良かった」

ああ、好きな時間だ。片側だけ開けた窓から時折風が入り込み、カーテンをゆっくりと揺らす。外は柔らかな陽射しが輝いていて、腕の中には最愛の、チビ。

「はふ…」

小さく欠伸をするそいつの、ふわふわとした金髪に口づけた。触れてみると少し冷たく、しなやかでもあった。シャンプーの香りがする。これは、甘くてうざったい。

「エリオット」

「ん?」

「へへっ」

「ああ?」

そうやって屈託なく笑うあたりがやっぱりガキだと、安心した自分がいた。

「時間あるなら、このまま寝ていい?」

「ベッド行けベッド」

「ここがいい」

甘い香りは髪だけではないらしい。いつものオズじゃない。香水なんて大人ぶりやがって。軽く虐めたくなって、頬に手を添え耳たぶを噛んだ。

「っ!ちょ、」

「ソファ行け」

「待って、」

驚き焦る表情にそそられる。耳の裏に舌を這わせながらシャツの下に手を入れ背中を撫で上げた。その温かさで俺の手の冷たさがわかった。

「何なら廊下にクッション出してやろうか?」

「はあっ、え、え?わかんな、い…うわっ」

こんなに細っちい身体、すぐ折れるんじゃねえか。オズの肩に顎を乗せ、頬を付けた。

「エ、エリオット」

「らしくないんだよ」

「あちゃー…嫌いだった?」

「違う奴みたいで、腹立、つ…」

「エリオット?」

引っかかった言葉が鉛になって、脳の中で繰り返される。何度も何度も。昨日の夕食の味より早く、包み込むような記憶が。あの瞬間が。

「…っは」

ごとり。

「……」

気持ち悪い。と感じてしまった自分に幻滅し、逃げようと踵を返すとこちらを見る目にぞくりとして、口元に手を当て…繰り返す。

「わかった」

跳ねるような声が耳に入った。オズの身体は温かかった。

「『俺が寝るまで起きてろ』とか、そういうことだろ」

「……」

答えるのが、めんどくさい。自分で考えろそんなこと。へらりと笑いかけるオズを一瞥し首筋に噛み付いた。しっとりとした肌の感触が気持ち良くて瞼を閉じもう一度唇を寄せた。

「うあっ。寝るなら、早く!寝ろよ!」

「うるせえ」

「ごめん」

「オズ」

「んうぁ…」

目を細めて頭をゆるゆると左右に振る姿がまるで小動物のようで、俺はため息をついた。俺の声がこいつを変化させる。手が、視線が?オズの胸を俺の胸に押し当てると、微かに鼓動が伝わってきた。

「エリ、オット」

なんだその声。なんて、かっこつけているだけで。本当はもっと見たい。まだ足りない。止めなければならないのに。酷くなる前に。

コンコン。

「!?」

「……」

サァッとみるみる表情を引き攣らせていくオズとは裏腹に、俺は顔をしかめオズの髪を指に絡ませながら声をかけた。

「もうちょっと本読んでていいぞ」

『そう言うと思った』

ドア越しに苦笑するのは俺の従者であるリーオだ。

「なんだ、リーオか…」

『言い方に愛が無いよオズ君』

リーオは俺達の関係を知っている。俺がオズと会う時はいいタイミングで席を外してくれるいい従者だ。今日も少し談笑をした後、図書室へ行っていた。しかし今回ばかりは間が悪い。いや、理性は止めろと言っていたのだから。そう考えれば素晴らしくは、ある。

「オズ」

「……」

そんな従者の行動を無視する訳にはいかない。しかし時間はあると言った手前、うまく話を切り出せなかった。こういう時自分こそ甘いと思う。

「あのな、」

「もう一回し、て…くれ…たら」

「!」

最後はほとんど声になっていなかったが、服を掴んだまま離そうとしない手から、意図は伝わった。こいつは状況がわからないほど馬鹿じゃないし、むしろすぐに退こうとするところがある。それは俺が嫌いな部分だ。だからこそ素で甘えてくるのが珍しくて、嬉しかった。

「リーオ」

『10分後に図書室で』

「わかった」

リーオ、お前には感謝してもしきれない。つくづく自分はいい従者を持ったと思う。何処かのヘタレとは違って。

「ごめ、」

2回目の謝罪は俺によって途切れた。

リーオの靴音が完全に聞こえなくなるのも待てずに荒々しく口を塞ぐ。

「ん……ふ…」

すっかり冷めてしまったと思っていた熱はすぐにあらわれた。耳まで朱く染まったオズを見つめ、酸素を取り込もうと開いた隙間に舌を挿し入れる。

「っ!………ぁ、う」

ぽすっと胸元を叩く手を取り指を一本ずつ絡ませる。それだけでも感じてくれるのか、オズの閉じられた瞼の下から生理的な涙が溢れ出した。

「エ…エリオット…」

「なんだ?」

「俺だけって…思ってもいいか…?」

唇が触れたまま僅かに囁かれる。今だに瞳は閉じられ、一生懸命に俺に縋り付くオズの涙がぽたりと落ちた。

「エリオットが…こうしてくれるのは…エリオットが、あ、愛して…くれるのは」

『愛して』の部分がやけに小さかったぞ。怖いのだろうか。震えた睫毛が止まらない涙で濡れる。自分だけを愛しているかなんて、聞かなければわからない状態にさせたのは、口下手な俺だ。

「今更、何言ってんだ。ばーか」

「エリオット…うっ…」

「本当に好きな奴にしかしねぇよこんなこと」

目尻に唇を寄せ、涙を舐めとる。

「…は、俺も、好きだ…声とか…目、とか、それだけで苦しくなるのは、エリオットだけだから」

きらきらとしていた。見えない筈なのに。確かに閉じられているその向こう側で、翠色の光が穏やかに。

ぐんと引き戻すのは影を見る俺。此処は本当の世界か。俺のこの手はお前を傷つけていないか。日常は流れて、いるだろうか。鼻に嫌いな痛みを感じ、視界が僅かにブレた。

「らしくない顔してんじゃねーよ…ばーか」

開かれた目が俺を捉え、生温い指先が涙の上から頬をなぞる。
実物は俺の再現率の比じゃないくらい、ただただ綺麗だった。

「生きてる」

「オ、ズ」

それを言葉で表すなら、鋭く尖った楔で突き刺されるような。貫通したまま離れないで。じわじわと溢れ出すのは苦痛ではなく、幸せで。

背中を支えていた腕が動く。そのままさらに深く口づけようと手で金髪の頭を押さえた。

「んんっ、ふっ……あ…」

角度を変える度漏れるのはオズの喘ぎ声だけ。鼓膜を震わすその声を聞き、胸の奥まで焦がすような熱を堪能し、最後に音を立てて唇を離すとオズは恍惚とした顔で重たそうに瞼を上げふにゃりと微笑んだ。

「…っ!」

繋いでいた手を離し両腕で抱きしめる。首に苦しそうに呼吸をするオズの息が当たった。

「オズ」

どうせらしくない。お前の触れたあとに沿って金髪に落ち、染み込むそれがもう溢れて止まらなくなってる。

「…俺を視るのが、遅いんだよ」

偉そうに。お前は始めから気付いてた。狂おしいくらいに愛おしいって、まさに今それを感じている。きゅうきゅうと胸が締め付けられて、哀しくて。

「エリオット」

「オズ、今度は、その」

「約束」

「あ?」

「今度は一緒に、お昼寝しよう」

「…簡単に言いやがって」

「な?」

「ああ」

一緒に、隣に。それは夢の中でさえ。受け入れる力を分けて欲しいから。何も言わなくてもいいから。踏み込んで、いっそ塗り潰してくれ。



オズの額に身勝手な願いを上乗せした誓いのキスをして、俺は部屋を後にした。



End.
 

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