てのひら稲妻町2

□溺愛とは思いもよらず
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部屋の中は暗かったが大体どの方向に何があるのかはこれまで何度も来ていたから分かった。やっぱりこいつは寝るのが早いし部屋に鍵を掛けたりしない。逆にこうして鍵を掛けてあるなら他人がいますよ、怪しいですよと簡単にばれてしまうだろう。構わない。誰かが来たと分かって少しの余裕が出来ればいい。突然邪魔されないことが重要なんだ。

俺はただ円堂を見に来た。この心構えは俺が定期的にしているこの行動の中でいつ自分を抑えられなくなってもいいようにと準備した保険だ。抑えるっていうよりかは流れ出さないようにと言った感じだろうか。気を抜いたら、いやいやどうしたんだって苦笑する他人がいなくて、自分だけの世界に夢中でにやにやと浸っちまったら、当たり前のように本当に自然と手を伸ばすんだ。まさに今だった。

「お前なんか可愛くもなんともねェ」

円堂は口を開けて手足を適当に放り出してベッドで眠っている。俺は円堂の胸に手を置いてアホ面を覗く。俺がぼそぼそ独り言を言ったって起きないことも、俺がゆっくりと体を触ったって起きないことも知ってる。

「なんで欲しくなんだろうな」

多分今まで人を尊敬したこととか憧れたこととか好きになったことなんてない。多分今までそんな人はいなかったから、見つけたのがたった一人だけだったから、とっくに神格化していた。多分。いや、神様がどうとかはなんかもういい。願いを叶えてくれたら信じるから、まずはこいつをくれ。

結局心臓の位置は真ん中でいいんだっけ。握り潰すとか出来るのか。自分のことなのに、そこらじゅうにいて唯一言葉が分かる人間の構造を全く知らない。中身を実際に見たことがない。俺は肉を切るのが好きじゃない。魚を捌くのも気持ち悪い。海老の背わたを取るのですら気分が下がる。美味しいから頑張るけど。だからそれらよりもきっと大きいだろうこいつの心臓が皮だの骨だのの奥から現れたらびびって両手を震わせながらとりあえずは手に持って眺めるんだろう。温かくてぬるぬるしていて程よく厚さがあるんだろうか。潰すなんて出来ないか。血が飛び出して形が変わって萎んでいくのが怖くて。

「円堂」

顔がなきゃ他の部分を並べられても他との区別はつけられないけれど、円堂のだよって教えられたら丁寧に触る。角度を変えて沢山見る。珍しいものを見るみたいに見る。こいつと一緒にいることに嫉妬するかもしれない。一部分だからいらないし気持ち悪いとも思うけど。

俺が触ったらどうにかなるんじゃないかって思った頬に手を当てるけどしっかりしてた。柔らかいけど押すと骨があるから硬くなって、ひびが入ったり突然消えたりなんてしなかった。円堂は起きない。相変わらずいびきをかいている。お前がもっと鈍感だったら首を締めてるだろう。そして息がしにくくなったら起きる。今までになく昂ってるはずの俺のテンションも一気に下がって冷えて凍ってしまうだろうから、まだ、我慢してんだよ。

殺すとか出来ないくせに。俺がお前の人生の命の最後の最後に、そうでなくとも谷底一歩手前まで追い詰める存在になったらすげェ満足しそうなんだよ。

だって馴れ馴れしくしてほしくないしなついてほしくない。油断して安心しきってお前なら大丈夫だろってそんな態度鬱陶しいんだよ。想像だけど。嫌だよ俺、そんな円堂クンはいらないんだよ。いいよ別に、通じ合わなくていい。片想いってきらきらした印象なんだけど俺のこれも入るの。表面的物騒をかき集めただけって感じだし、だめって、違うよってどけられるか。まず有り得ないし円堂は苦笑する側だからこんなだらしなく幼稚な考えはしない。

なら、奪うまでがいいってことかなぁ。セーブができたらコピーしたスロットでもう一度やり直して遊ぶんだけどな。お前はゲージの見えるか見えないかくらいの量で、警戒していてほしい。

一時間だかそれくらいで俺は部屋を解放して、蛍光灯が隙なく分かりやすく教えてくれる廊下を歩きながらまたやっちまった、くだらねえなんの中身も無い痛いただの馬鹿、自己中とぐだぐだぐだぐだ反省して自分を罵っては落ち込んで不機嫌に朝を迎える。



「不動!最近寝不足なんじゃないか?」

「は?」

「隈出来てるぞ」

「これが標準なんだよ」

「じゃあ余計寝ないとだめだな!」

「それは円堂クンのほうじゃねぇの」

「?」

「隈出来てるぞ」



しね、キャプテンのばかやろう。



end.

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