novel room--long--

□白い海
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「こんにちはー。」

20年ほど前の丁度今と同じような昼下がり、異国の地で邦人である私の家に、その客は突然現れた。ブランド物ばかりの服に、使い古したビーチサンダル。
指に光る大きな魔力を持ったような石に、ビーズで作られたネックレス―首輪、と言ったほうが正しいかもしれない―。
パッチリと開かれた魅力的な瞳に、針金のような髪。整った美少年の顔に似つかない低く響く声。
そんな客にワタシは、少しばかりみとれてしまった。


「突然すみません。旅をしている者なんですが・・・。
もしよろしければ少しばかりご飯をいただけないでしょうか。」


大胆な発言の割に謙虚なその姿は―貧弱にやせ細った体がそう思わせたのかもしれないが―特に悪意がないように思え、ワタシは
「どうぞ。」
とその客を家に招きいれた。

と、この客は元々休ませてもらう気でいたのだろう。家に入った途端床に倒れこみ、眠ってしまった。
仕方なくワタシはその男をソファに運びその上にタオルケットをかけてやった。
ワタシでも軽々と運べる男の寝顔は、何故かまるでぷくぷくとした赤ん坊を連想させた。

ワタシは突然の来訪者に戸惑いながらも気持ちはウキウキしていたようで、落ち着かなかった。
そんな自分がまだいたのだと思うと、またそれが気持ちを高揚させた。
「少し、落ち着かないと。」とため息混じりに呟き、
いつもは飲まないハスカップの紅茶―大抵何か大事なことがあるときにしか飲まない。なんとなくそう決めている。そして、この紅茶だけには毎回角砂糖を2つもいれる。2ついれると急にいい味になるのだ。―を入れた。
そうしてお気に入りの木製の椅子に座ってそれを飲んだ。泣きそうになる、安心する味。
全身―心までも―の力がすうっと抜けていうのがわかった。体を支えるためにテーブルに肘をつくと、カップ越しにソファで眠っている男の姿が見えた。
急に、不安な気持ちになった。

この男はいつ帰るのだろう。ゆっくりしていってもらえれば、いい。


20年前だといってもここはそれから大して何も変わっていない。
少し遠出するといわゆるカントリーロードがうかがえる。
かといって周りに家がないわけではない。
このあたりはちょっとした密集地だ。
それでも何もないような雰囲気のする、居心地のいい場所なのだ。



午後六時を回った頃、雲行きが怪しくなってきたのでワタシは庭で大量の洗濯物を急いで取り込んでいた。
天候が変わりやすい気候のせいで、ここのところ、なかなか干せなかった服を全部干していたのだ。
雨が降ってくる前に、全部取り込めればいいけど。

ようやく取り込み終わり、最後の服たちを軒下のかごの中に入れる。
すると部屋に入るための段の上から声が聞こえた。懐かしい、澄んだ水晶のような高い声。
「あのぉ・・・。」
みると昼に来た客だった。まるで想像も出来ないような美しい声なものだから―そして、それがまた弟のそれに似ていたから―思わず泣きそうになってしまった。
「どうしたの?」
平然を装い、洗濯物を入れたかごを持ち上げながら尋ねた。客は黙っている。ワタシはもう一度客を見た。

違う。
そこにいるのは明らかに昼間の客だ。しかし、その客は「普通」だった。
身のもの全て―ブランドばかりの服も、指の大きな石も、ビーズの首輪も、魅力的な瞳も、針金のような髪も―
は何も変わっていないのに、何の違和感もたなかったのだ。
すると、黙っていた客が、
「ここはどこですか?」
と何も隠そうとせずに、不安ばかりの言葉でワタシに聞き返した。
その、突然マッチしてしまった姿で。
その、澄んだ水晶のような声で。
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