Text2

□虚ろな刃が視界を断つとき
1ページ/1ページ




夢を見る。
否、見せられている。
これは俺の夢じゃない。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!』
『許して!ごめんなさい!変わるから!償うから!俺はまだ死にたくない!』
暗闇の中、泥の沼を必死で駆ける“俺”。
口をついて出るのは謝罪と懇願。



これは、レプリカルークの夢。
アイツの見る、悪夢。




時折夜中にこうして同調しては、あいつから一方的に夢が流れてくる。
そのたびに飛び起きることになるのだが、夢の内容が内容なだけに、文句も言いづらかった。

けれど最近、定期的に見せられていた夢を見なくなった。
アイツの様子は特に変わったわけではない。

……単に見ていないだけか?…

それに越したことはないが、なぜか妙に胸騒ぎがした。

ここ数日は、その感覚が特にひどい。なぜか、時折ひどい不安感に襲われる。

「くそ…なんだってんだ」
今日もその感覚に襲われる。今日のはひどい。眩暈と吐き気がして、歩いていた足を止めて蹲る。
心臓が、走っても居ないのに早鐘を鳴らすように打つ。
叫び出したいような衝動に必死に耐える。
このまま死ぬんじゃないかなんて、馬鹿馬鹿しいことを考える。
頭はいたって冷静なのに、体だけが異常を訴える。

その瞬間だった。視界が突如赤く染まった。

「!!??」
驚いて顔を上げる。
けれど、今度は目の前の普通の町並みが映った。

「何だ…?今のは…」
一瞬見えた真っ赤な地面。
胸を走った、切り裂くような痛み。
強まった頭痛。

「まさか…?」

俺は震える膝を叱咤して走り、アルビオールに飛び乗った。



細い糸を手繰る様な感覚で、レプリカの位置を探る。
漠然と、回線は綱がない方がいい気がしたため、周囲に漂うレプリカの音素を探す。
アルビオールがついたのは、セントビナーだった。

あの感覚は飛んでいる間に消えていた。
街の側に降下し、急いで街に入る。

異変は、すぐに気付いた。


街中が赤くまだらに染まっていた。
まだ新しいのだろう、血の匂いと真新しい死臭が立ち込める。

「う…」
子供、老人、兵士、商人、男、女−見境なく殺している。
それも、ズタズタに切り裂いている。
嫌な予感に、俺は入口傍にある宿屋に駆けこんだ。

予感は、的中した。


宿屋の中も凄惨な状況だった。
天井まで届いている血が、床に垂れてポタリと音を立てる。

食堂に行くと、ほとんどの人間がそこで殺されていた。
転がっている死体の中に、見つけた。

金色の髪、剣を握ったまま事切れている青年。
長いストレートの髪を血に染めて倒れる女。
小さな胸を貫通されて死んでいる人形使い。
首を切り落とされている、金色の王女。

「う…ぐ……」

耐えきれず、片膝をつく。
けれど、いつまでもここにいる訳にいかない。
アイツを探さないと……


「あ、アッシュ来たんだ」

突如背後から強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされる。

「がっ!!」
ダンッ!!!と壁に叩きつけられ、歪む視界で捉えた、朱色。
否、もうそれは朱ではなかった。
殺した夥しい数の人間の返り血でどす黒くなっている。

「れ…ぷり、か…」
「早かったね。もう少し後になるかなって思ってたんだけど、まぁいいや」
「どういう、つもりだ…!」

衝撃で震える体を叱咤して立ち上がる。
怒りを込めて睨みつけるが、レプリカは何時もの様におびえることなく、きょとんとした表情でこちらを見た。
「どういうって……見ての通りだけど?」
「それが…!なぜ、こんなことをした!」

すると、レプリカは一瞬呆けたような顔をして、次に見たこともないような笑みを浮かべた。

それは、ひどく歪んだ、ある種恐怖すら感じる笑みだった。

「っ!!」
「どうしてかって?決まってるじゃないか。こんな世界に愛想が尽きたからだよ」


「うんざりなんだ。犠牲の上でしか成り立たない世界に。未来に進むのも、変革をするのにも犠牲者ばかり。もうたくさんだ」
「だが!今お前のしてることは、さらなる犠牲を生んでいるだけだろうが!ふざけるな!」

一歩、レプリカの足が進む。
その瞳に、異様な影が走った。

「…違うよ。違う。俺は、俺のしている事は犠牲を生む行為じゃない。
これは“終焉”だ。
犠牲は目的を果たすために支払われる代償…。でもこれは終わりを目指す行為。
その先に生まれるものなんかない。全部無に消えるんだ。俺の力で。

世界を“終わらせる”」

ぞくり、と悪寒が走った。
その感覚に気を取られた一瞬の隙に、レプリカが視界から消えた。

「な…」
「アッシュ、お前は…どっちにつく?」

首筋に、痛み。
何かが刺さっている。

「が…あ、…て、めぇ……」
「…………眠ってアッシュ。俺は、まだ…」
意識が混濁する。暗闇に沈む視界で、レプリカの姿が歪んで消えた。


「俺は、まだ、お前を殺せない……」





アッシュの首に刺した注射器を抜く。
強力な薬で眠らされたアッシュは、 ルークの足元で倒れている。

「…………………」
「…これから、どうするつもりですか?」

ルークの後ろから、ジェイドが声をかけた。
アッシュに後ろから譜術で攻撃をしかけたのも、薬を用意したのもジェイドだった。

ルークは、ゆらりとジェイドを振り向いた。
そして、また視線をアッシュに向けたまま呟く。

「……どうもしない。このまま行くだけだよ」

それに、ジェイドは悲しみと少しの憐れみを含んだ瞳で答えた。

「……貴方に言われたものはここに置いていきます。次に会う時は私も敵です。
……さようならルーク。私の罪」

立ち去るジェイドを、ルークは振り向かないまま見送った。





眠ったままのアッシュを抱えて、ルークは町から出た。
町が一望できる丘の上で、両手を構える。

さよならセントビナー、俺の守れなかった町。

小さく呟いたその後には、巨大なクレーターだけが残っていた。





じわりとした頭痛で、アッシュは目を覚ました。
「う…、ここ…は…?」
辺りを確認しようとして、アッシュは奇妙な感覚をおぼえた。

吐き気のような、胸の奥がずんと重くなる、それでいて酔ったような視界のブレ。
「なん、だ…?」
発した声もどこかかすれている。
と同時に気づいた。
安っぽい部屋に充満している、甘ったるい匂いと煙。

これは…?

煙の発生源を探そうとするが、急にめまいに襲われ、ベッドに突っ伏す。
「うぁ……」

視界がぐるぐると回る。まるで周囲全てが回転しているようだ。
眼を閉じて、その感覚が収まるのを待つ。

いったいどうしたんだ?ここはどこだ?セントビナーはどうなった?
レプリカは……

思考だけでも必死に働かせようとするが、襲い来るめまいと頭痛と不快感にうまくいかない。

暫くそのままにしていると、きぃっと扉の軋む音がして何かが部屋に入ってきた。
と同時に部屋に充満する匂いに負けないくらいに血の香りが漂ってきた。

心臓が、嫌な鼓動を立てる。
さぁっと血の気が引くのが分かった。

「あ、アッシュ起きたんだ」

明るい声で、良く知った声が言った。

「レプリカ……」
「気分はどう?」
「……さいあ、く…だ」
「そっか、まぁ慣れるまではきついみたいだけど、すぐ慣れるって言っていたから」
大丈夫だよ〜っと意味不明のことを言うルークに、アッシュは揺れる視界で必死に睨みつけた。
「れぷりか…てめぇ…いったい何がしたいんだ…!」
アッシュの問いに、ルークはどこか呆れた様な、もの分かりの悪い子供に言うような口調で言った。
「あのね、この世界は本当に腐ってるんだ。腐ってるんだよ。アッシュは潔癖だから分からないかもしれないけど、人間なんていない方がいいんだ。だって、世界が瘴気まみれになったのだって、預言が世界の終わりを詠んだのだって、全部人間が悪いんだ。本当に世界を、この星を守りたいんなら人間なんてみんな居なくなっちゃった方がいいんだ」
「なに…を…」
ルークの言っている事が、アッシュには理解できない。
星を守りたいのはそこに守りたい人がいるからだ。
それなのに、ルークの言ってることは本末転倒だ。
けれど、ルークはそれが当たり前だというかの様に続けた。
「もうどうしようもないんだよ…嫌になったんだ。嫌になったんだよ。誰かが命を掛けて戦っても、ほかのたくさんの人はそんな事知りもしない。馬鹿みたいだ。俺達だけが変えようと必死になって戦っても、それを知りもしない奴らはあたりまえの様に星を食いつくす。害虫なんだ。人間なんて。……だから、殺す。これは、星の大掃除だよ」
そこまで言い切って、ルークは初めて表情を大きく変えた。

寂しそうな、悲しそうな顔になったルークは、ベッドに倒れ伏すアッシュの髪を優しく撫でた。

「でもね…みんなを殺すのはすごく悲しかった。厳しくても優しかったティア、いつも傍にいて教えてくれたガイ、まっすぐに前を見てがんばってたナタリア、俺よりも小さいくせに母上みたいだったアニス……みんな大好きだった。…でも、みんなは俺の言う事を認めてはくれなかった。だから、本当は嫌だったけど、でもこれからすることの決意の為に最初に殺した……」

泣きそうな声になって一人話すルーク。
アッシュは朦朧としている意識でかろうじて聞き取った。

話を聞いている間から、めまいは良くなるどころかひどくなる一方で。
アッシュはすでに意識の定まっていない視線で、ただルークの話を聞いていた。

「でも…でも…アッシュだけは、できなかった。宿屋でアッシュが来たのがわかったとき、本当は殺すつもりだった。でも、できなかった。できなかったんだ…。おかしいだろ?育ての親みたいなガイや、大切な仲間のみんなは殺せたのに、お前だけは殺せなかったんだ。なんでだろう、なんでだろうって考えた。答えは、すぐに出たよ。
俺は…アッシュを愛してるんだ」

そっと、うつ伏せのアッシュの頬に口付けを落す。
もうすでにアッシュは反応しない。

もうもうと立ち込める薄く色づいた煙。
部屋の隅に置かれた丸い器の中で、乾燥した草が焚かれていた。
強い依存性を持つその草の煙の立ち込める部屋で長時間眠っていたアッシュは、すでにその身体を強く蝕まれていた。

気を失う寸前に、ルークの言葉だけが強く耳に残った。

「ごめんね…ごめんね。でも愛してるから。愛してるから。

一緒に壊レテ…アッシュ」



その言葉を最後に、アッシュは暗闇に堕ちた。











ろな刃が
   界をつとき








そののち、世界は一人の少年によって破壊される。

彼の背後にはいつも同じ顔をした人形が立っていたという。

世界は、彼らに対し最後の攻撃をしかける。

指揮者はマルクト帝国の一人の軍人。

その結末は…………。



※あとがき:かゆき様主催黒ルク祭りの『黒焔祭』に出品した作品です。
お題を選んでからが難産になりまして…結局無理やり終わらせました申し訳ありません!!というかこれは黒ルクか??書いてるうちに黒ルクを見失った模様ですすいません!あと長くてすいません!必死になってたら収集つかなくなりました。とりあえず、薬ネタ大好きです。設定は好きなので、いつか同じ設定でリベンジしたいです。
それでは、駄文失礼しました!!

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ