長編2

□ダイヤモンドダスト
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マスタング邸へとやって来て、半年の月日が流れた、ある日。
ぎゅうぎゅうに棚に詰め込まれた分厚い書物を見つめて、エドワードはとうとう来たるべき時が来たのだと、盛大な溜息を吐いた。

マスタング邸に隔離されて、こっそりと書庫に不法侵入するようになって、約半年。長いような短いような月日だった。
意外と暇を潰せたと思うべきか、或いは、たった半年しか掛からなかったと嘆くべきか。

切なそうに、今し方読み終わったばかりの本を見て、エドワードは小さな声で呟いた。


「これで、最後…」


彼女が今手に持っているのは、書庫の一番端にある書棚の、一番端の書物だった。

とうとう彼女は、マスタング家が長年かけて収集してきた知識の全てを、飲み干してしまったのだ。

結局マスタング家の者は、エドワードが部屋から抜け出して本を読み漁っている事に気付かないままだった。
貴族の令嬢が窓から壁伝いに部屋を行き来するという発想が出来る者はそうそういないので、そこは仕方が無いのかもしれない。

エドワードは抱えた書物を一生懸命背伸びしながら棚に戻し終えると、
どうしたらいいか分からないと言いたげに、泣きそうな表情になってその場に蹲った。

一度読んだ本は、一言一句とまではいかないもののきっちり記憶しているエドワードは、余程内容が深くない限り読み返したりはしない。

マスタングの書庫に詰められた書物は、価値のある物と無い物が、それこそピンからキリまであった。
良い物もあればカスとしか言えないような物もあり、
数少ないいくつかの書物を読み返す為に、これからもリスクを冒してこの場所にやって来られるかと言えば、答えはノーだった。

つまりは、彼女はまた退屈生活に逆戻りする事になってしまったのだ。


「どうにかして外に出られれば、アルんとこで本を買ってくるのに…」


エドワードはむすぅっと頬を膨らまして、蹲ったまま呟いた。
そのまま膝に顔を埋めて、今度の事を懊悩しながら唸る。

(マスタングの野郎は、オレが逃げるかもってんで外に出したりしないだろうし。
 だったら本を買ってくるよう強請るしかないけど、あいつに借りを作るなんて御免だ)

ならば実家に居た頃のように館を抜け出して、自分の手で書物を購入するしかないが、
家の見取り図を入手出来た実家と違って、マスタング家の正確な地図は不明である。

セキュリティ対策は万全の上に、常に門番が常駐している門をどのようにして抜けるかを考えて、エドワードは頭を抱えた。
何だかんだ言って、ホークアイは小まめにエドワードの部屋を窺いに来るし、抜け出す隙は殆ど無かった。


「駄目だ。ロイ・マスタングが居る限り対処しづらい」


本来はロイの秘書官である彼女は、ロイが外出する際だけは同行するため、屋敷から姿を消す。
しかし、エドワードが来てから、ロイは出来うる限り、仕事を屋敷内で行うようになっている。


「くぁ〜、どうすっかな〜」


がしがしと乱暴に頭を掻いて、エドワードは唸った。

外でなければ成り立たない仕事もあるにはあるだろうが、それが執り行われる日をエドワードが知る事は不可能だ。
よって、迂闊に外に抜け出す事は出来ない。

どうにかロイが外出する日取りを知る術があれば、手の打ちようもあるのだが…と、エドワードは策を考えて、考えて、


「あ。…そういや、もうすぐ社交期だったか」


妙案を思い付いたとばかりに瞳を輝かせて、ぴこっと顔を跳ね上げた。

彼女は社交期などに興味は無いが、ロイは社交界の花形だ。きっと毎夜のように誘われては、家を留守にするだろう。

エドワードの社交界嫌いは周知の事実なので、嫌だと断れば無理に連行される事も無い筈だ。

子供の婚約者など、大人の男であるロイとしては見せたくも無いだろうし。

(婚約者を性欲の捌け口呼ばわりするくらい盛りの付いたあの男なら、きっと毎晩留守にして、多分朝まで帰ってこない!)

その時がチャンスじゃないか…!

エドワードは瞳をきらきらと輝かせて、ぐっと拳を振り上げた。
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