長編2
□スキキライスキ
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部屋の中は、生活感が感じられない程に、がらんとしていた。
豪華な家具類が取り揃えられている為見栄えは良いが、それが尚更、まるでこの場が人形の館のようにすら思わせる雰囲気だったのだ。
ただ、整然と設置された家具類にそぐわず、何故かベッド下に疾しげに押し込まれている書物と、
その内の一冊を手に取りベッドの上で読み耽っている少女の存在が、この部屋が確かに人間生活に用いられている事を示していた。
少女――エドワード・エルリックは、金色の瞳を胡乱気に光らせて、
今し方扉を開けて侵入してきた婚約者、ロイ・マスタングを見つめた。
彼は今し方夜会から帰って来たばかりなのか、夜会用の正装に身を包んだままだった。
ロイは例によって、エドワードの許可も取らずに室内にずかずかと侵入してきて、革張りのソファに身を沈める。
エドワードは読んでいた本を閉じて、他の本と同様にベッドの下に押し込むと、
ロイとベッド――の下にある本の間に立ち塞がるようにしてベッドを飛び降りた。
「どうしたんですか、マスタング様」
エドワードは一晩寝ていない筈なのに何処かすっきりとした表情のロイを見上げて、
彼が朝方まで何をしていたのかを悟ると、心底軽蔑しきったというように冷めた声を発した。
エドワードには別に、(婚約者の私がいるのに他の女と関係を持つなんて…!)という嫉妬めいた感情は無い。
ただ、13歳の稚い少女の前に、今さっきまで女としけ込んでましたと言わんばかりの格好で現れるのは、
常識人としてどうなんだ――と13歳の稚い少女らしからぬ思考を抱いたのだ。
首筋のキスマークを丸出しにしてにこにこと微笑むロイに、エドワードは面倒臭くなって溜息を吐いた。
「熱い夜を自慢したいにしても、相手を選んでください。
私は未だ性の目覚めを迎えていない子供なので、そんな得意気にされても何の感慨も湧きません。興味もありません」
ロイのくだらない嫌がらせや八つ当たりや自慢に付き合っている余裕など、今のエドワードには無かった。
何せエドワードも、ロイと同じで殆ど寝ていないのだ。
つい数時間前までホーエンハイム家に赴き、アルフォンスやホーエンハイムと久し振りに語り合った挙句に、
あまりにも話が充実し白熱した為、大幅に予定時刻より遅く帰宅し、約一時間しか睡眠を取っていなかった。
それでも普段通りの時刻に目を覚ましていないと怪しまれると思った為、眠い体に鞭打って、頑張って起床したのだ。
よって今現在苛々しているエドワードは、大嫌いなロイの突飛な行動ににこにこへらへらしていられる状態ではなかった。
「そういう話なら、そうですね…。貴方の運転手で、煙草を吸ってる男の人が居たでしょう。
あの人なら、そういう話も好んで聞いてくれそうじゃありませんか」
ずっと以前にボインがどうとか言っていた男を思い出しながら発したエドワードの言葉に、ロイは黒い瞳をぱちぱちと瞬かせた。
大人の性に対する嫌悪を含んだ彼女に、妙な気持ちになった。
投げ遣りな態度に腹が立ち、性に対する潔癖さに好感を覚えた。
結果分かったのは、やはりエドワードの事は嫌いだが、その性質は好ましいという事だった。
「君のそういう潔癖さは、好ましいのだがな」
思わずといった調子で零れたロイの言葉に、エドワードは訝しげに眉を顰めた。