長編2

□安息に向かえ
1ページ/4ページ

「きちんと処理していれば、今日のように片付ける事が出来るのに、何だって貴方は毎日逃亡してばかりなのでしょうね?」


本来執務を執り行うには不向きな、片手が塞がった状態で仕事を進めていた上司に向かって、
ホークアイは美しいのにどこか寒々しくて怖い笑顔を浮かべた。

ロイはそんな彼女を少し青褪めた表情で見返し、


「この子が手伝ってくれたからだよ。いやぁ、鋼のは本当に優秀だなぁ。ははははは…」


エドワードを引き合いに出し、肩を引き寄せてむぎゅっと密着すれば、ホークアイの視線の鋭さが増した。
セクハラですよ…という威圧感たっぷりに言い放たれた言葉に、ロイは慌てて体を離して、姿勢を正す。

折角、珍しく書類を全て片付けたのに、何故にブリザードを浴びなければならないのか。
何だか今の状況が理不尽な気がして、ロイは胸中で溜息を吐く。

(でも、昼に鋼のに、今でも時々サボっている事を話しといて良かったかもしれないな)

人伝に聞かされたのであれば、彼女の自分に対する評価は先程よりももっと急降下してしまっただろう。

そんな事を考えながら、ちらりとエドワードの表情を窺ってみると、彼女もホークアイを見上げて青褪めていた。
常に手を繋ぎ、ロイの真っ隣に座っているため、諸にブリザードの余波を受けたのだろう。

怯えるエドワードに気が付いたのか、ホークアイは一先ず怒りを収めたようで、常日頃の平坦な声音と空気を取り戻し始めた。


「取り敢えず、少し早いですが、今日はもうお帰り頂いて結構です。
 書類も片付きましたし、今日から慣れない生活をスタートさせる訳ですから。色々と入用の物もあるでしょうし」


トントン…と書類を片付けながら、ホークアイはロイを見下ろす。


「是非とも明日からも、今日のように真面目に迅速にきちんと仕事をして下さるようお願いします」


「それじゃあね、エドワード君」と最後に優しく微笑んで、彼女は踵を返した。

エドワードは未だにホークアイの発していたブリザードの影響が残っているのか、固まったままだった。
きっとこの様子では、ホークアイの最後の優しい微笑も効果を為していないだろう。

お気に入りの子供を怖がらせて、きっと今頃密かに落ち込んでいるのだろうな、
と室外に出て行った副官の様子を脳裏に思い描いて、ロイは微かに苦笑した。

今日までずっと性別を取り違えていたがそんな事は瑣末な事で(寧ろ少女の方がより庇護すべき対象となるだろうし)、
何だかんだいって、皆この子供が可愛くて大好きで、甘やかしたいのだ。


「君も罪な子だね」


何も聞こえていないだろうエドワードにそう零しながら、ロイは帰り支度を始めるべく、片手で荷物を纏めて――。


「……あ」


帰る前に、軍服から私服へ着替えなければならないのだという事実を思い出した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ