長編2

□言葉にならない、愛と憎
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ほぼ駆け落ち同然で家を出て、妻・グレイシの実家の手伝いをする事になったヒューズは、
元が貴族の出という事から生じる幾多の価値観の違いを修正しつつも、必死に仕事内容を覚えていった。

漸く店内での仕事を覚え、次に出版社等の取引先との円滑な関係の構築方法を学んでいる際、
世話になっている古書店の話題の中で出てきた名前に、思わず目を丸くした。

そんなヒューズの様子に気付いていないグレイシアは顔を綻ばせつつ、
かの書店の素晴らしさやどのように助けてもらったかを克明に語り続けている。

ヒューズは恐る恐るその話を止めて、話しの途中に出てきた名前を問い掛けた。


「…エドワード・エルリックって言ったか、さっき?」
「ええ。
 昔、ホーエンハイムさんの所をお手伝いしていた女の子なんだけど、どうもエルリックのご令嬢だったようなのよね。
 凄く可愛くていい子だったのよ」


知ってるかしら?と、貴族の四男坊であるヒューズに問い掛けるグレイシアに、彼は「ぅ〜ん?」と曖昧な返事を返した。

エドワード・エルリックといえば、
貴族の中でも屈指の伝統と格式と財力を誇るエルリック家の、どうしてだか男性名を付けられてしまったご息女だ。
しかし、何故かあまり表に出る事は無く、常に屋敷に引き籠っているという。

故に貴族達の間には、彼女に関する情報源(ソース)不明な噂が絶えない。

途轍もなく病弱で、病床の中明日をも知れぬ日々を生きているのだ、とか。
実はそんな人間は存在しないのかもしれない、だとか。
本当はとんでもなく不細工で、二目と見られない造形をしているのかもしれない、だとか。
はたまたとんでも無い美少女で、当主が誰にも見せないよう隠しているのかもしれない、だとか。
不義密通の末に生まれた子供で、だから軟禁されているのだ、とか。

他にも色々な噂があるが、どれもこれも真実味が無い。

エドワード・エルリックという人間の事でヒューズが知っている事といえば、その胡散臭い噂の事ばかりなのだ。


「名前くらいなら知ってるけどなぁ。姿も見た事が無いし、あまりよくは…」


「あら、そうなの?本当に凄くいい子だったのよ。顔立ちも凄く可愛らしくてね、きっと将来、とんでもない美人になるんでしょうね。
 この子ももし女の子なら、あの子みたいないい子に育ってくれるといいんだけど」


子を宿し大きく膨らんだ腹部に手を当てて美しく微笑む妻は、まるで慈愛の女神のようで、
ヒューズは『お前の方が絶対美人だし、俺達の子の方がずっとずっと良い子になるさ!』と力説した。



それが、2年前の話だ。
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