長編2

□親友の婚約者
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エドワードにやる為の書物を十数冊抱えてやって来たヒューズは、
彼女の部屋が分からないというのもあり、まずは親友であるロイの部屋に向かった。

この館には幾度も足を運んでいるので、正面玄関から勝手に入って、勝手に回廊を歩き、
勝手にロイの部屋へと歩いていくヒューズを止める者は居ない。

(しっかし、婚約者が来てるって割に、かわり映えのしない家だな。
 相手が13なんだから、もうちょいどうにか柔らかい雰囲気作りとか、必要なんじゃねーの)

財閥の経営権の殆どがロイに移行し、ほぼお飾りとしか言えないマスタング家現当主は、貴族の格式と伝統と矜持といったものを重んじる性情をしていた。

古くからの歴史があるマスタング家に相応しい重厚な趣の屋敷は、華美過ぎず地味過ぎず、品が良い。しかし、どこか固く重かった。
突然見知らぬ場所に連れて来られた子供が委縮してしまうだろうくらいには、柔らかさも鮮やかさも足りなかった。

寝る為以外には家にあまり居付く事が無いロイにとっては、屋敷の事はどうでも良い事なのだろう。
自分の部屋以外の屋敷の事は全て、両親の好きにさせているらしい。
ロイもその両親も、誰一人、
エドワード・エルリックという少女の事には興味が無いという事が、ただ廊下を歩いているだけでありありと伝わって来た。


「グレイシアが気に入っていた子が、こんな所で過ごしているなんてな」


機会があれば愛しい妻にエドワードの事を話してやろうと思っていたけれど、
このような状況の中に置かれた少女の話をすれば、グレイシアは憂慮してしまうだろう。
憂う彼女もきっと美しいと思うけれど、無意味にその心を乱したくはないので、ヒューズは溜息を吐いた。


「ロイの奴、多分、エドワード・エルリックについてなんて何も調べてない筈だしな」


貴族のお嬢様なんて、皆同じだ。
常々そう思っているロイを知っているので、ヒューズは益々心配になる。

グレイシアがエドワード・エルリックの話題を出した後、ヒューズは彼女の事を調べてみた事があった。
貴族の令嬢が、庶民の経営する書店を一時期手伝っていたというのが、どうしても信じられなかったからだ。

しかし実際、彼女がグレイシアの言っていた『ホーエンハイム古書店』で働いていた事実は存在していた。
本当にほんの一時だが、彼女は市井に降りて、庶民の中で庶民のように暮らしていたのだ。

何故貴族の令嬢たる彼女が市井に降りてきたのかという疑問が湧いて、更に彼女個人の事を調べようとして、情報網を広げた事があった。
すると、市井に降りた理由などが瑣末な疑問に感じるくらい、不可思議な事実が浮き彫りになった。

それが、『エドワード・エルリックは、本来生まれる筈の無い子供だった』という、面妖な事実だった。
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