長編2
□鳩と蛇
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エドワードは寝不足と闘いながら、もうすぐやって来るだろうヒューズを待っていた。
近頃はある程度の素を覗かせるくらいには打ち解けてきたので、ヒューズとの対面は、マスタング邸内に居る間の丁度良い息抜きになる。
ストレスしか生まない場所に居続けるのは苦痛でしかない為、 ほんの僅かでも力を抜ける瞬間を設けてくれる人間や時間は貴重だという事を、エドワードは誰よりも知っていた。
かつて実家に居た頃は、アルフォンスやホーエンハイムが本を持って来て、その本について語り合う時間がそうだった。
(もうすぐ社交期も終わる訳だし、抜け出せる機会もそうそう無くなる。
ここでヒューズさんに居なくなられたりしたら、オレは間違いなくストレスで死ぬ)
近い将来、また一年、アルフォンス達に会う事が出来なくなる。
そうなれば、ヒューズが持って来る、ホーエンハイムが選び抜いた書物だけが彼らの存在を感じさせる唯一の物となるだろう。
朝早く起きて、夜遅く寝る。そんな不健康極まりない、寝不足の元となる生活ももうすぐ終わる。
身体的には辛いけれど、精神的にはとても楽しい時間は、もうすぐ終わってしまう。
エドワードはふぅ…と小さく溜息を吐いて、立ち上がった。
「座ってると寝る。取り敢えず体動かしてるか」
腰を回して、屈伸運動をして、腕を曲げ伸ばしする。
疲労により後でもっと強い眠気に襲われてしまいそうだが、
取り敢えずエドワードがこの館で顔を合わせる人間は、ヒューズとホークアイくらいのものだ。
この二人さえやり過ごせれば問題無いし、ホークアイとはもう今朝の分は接触済みなので、
ヒューズと対話すれば後は夜まで寝てれば良いと、彼女は構わずストレッチを続けた。
暫くして、コンコン…と、躊躇いがちなノック音が響いた。
ロイはいつだって勝手に部屋に入って来るし、ヒューズのノック音はもっと軽快で、悪く言えば乱暴だ。
ホークアイのノック音は無機質で、躊躇うような気配はあっても、いつだって何処か淡々としている。
普段エドワードの部屋を訪れる誰のノック音でも無い事に気が付いたエドワードは、訝しげにノブに手を掛けた。
現れたのは、ヒューズのどアップだった。
「よう、エド。遅くなって悪かったな。実は今日は、お前さんに会って貰いたい子がいてだな。準備に手間取った」
「会ってもらいたい子……?」
怪訝な表情を向ければ、ヒューズの相好が盛大に緩んだ。
その表情からして、余程エドワードを喜ばせる自信があるのだろう。
(アルか?でも、あいつがこんな所まで来る訳無いし。
っていうかマスタングに関係知られるのが嫌だから、もしそうならどうにか追い出してやる)
そろそろと、ヒューズの背後に視線を動かすと、そこには誰も居なかった。
おや?と首を傾げて、きょろきょろと周囲を見回すが、やはり誰の姿も見受けられない。
一体何の悪戯だ、とヒューズを睨みつけると、彼は相変わらずだらしなくも緩んだ表情で、エドワードの視線を下方に誘導した。