長編2

□望みは己自身すら知らない
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エドワードの部屋の前を通ると、かつて聞いた事の無い楽しげな声が聞こえてきた。
その部屋に一つしかない扉を、辛うじて覗き込む事が可能な程度だけ開き、そっと覗き込む。

そこには、かつて見た事の無いエドワードの笑顔があった。

幼女を膝に抱え、楽しげな様子で鼻歌混じりに寓話を暗唱している。
どうやら残酷な描写を省いているのと同時にオリジナルのアレンジを加えているらしく、
大筋は変わっていないものの所々に恐ろしくド派手な演出が入る。

そんな童話をいつもならフン、と鼻で笑っただろう。

一体どんなセンスをしているのだ、あの子供は――と、
馬鹿にして部屋に入り、言葉をぶつけ、その美しい顔が苦々しく歪められる残念な様を眺めていた事だろう。

しかし、今回はそんな気は起らなかった。

彼女は笑っていた。楽しげに、かつて見た事が無い程満開の笑顔を浮かべていた。
それはエリシアとヒューズの為に作られた笑顔だった。彼らが作り上げた芸術だった。

作り物然としたその美貌に浮かぶ真実の表情は、いつもの人形めいた冷たさは無く、生きた人間のそれだった。美しかった。


「…」


ロイは眉を顰める。

その表情を見ていたいけど、見たくない。
今すぐ乱雑な言葉を浴びせかけて、その表情を曇らせてやりたかった。
けれど、もうすぐ夜会の時間だ。仕事も終わっていない。

仕事を早く片付けて、着替えて、出掛けなくてはならない。
彼女の相手をし始めると、舌戦に中々勝ち負けが付かないから、時間がいくらあっても足りないのだ。
余計な寄り道をしている訳にはいかない。


「いつか王子様が、なんて、よもや思ってはいないだろうね?」


どうせエドワードは、明日も明後日も、毎日この場所に居る事しか出来ないのだ。救いは無い。
塔の中のお姫様が、非力な少女が、己自身を救い出す事だって出来る訳が無い。
ここには寓話のように王子様が現れる事も、在り得ないのだ。

そう思って、ロイは笑みを浮かべた。

現実には優しさなど欠片も無い。だから彼女は、ロイが訪れれば諦めたようにその応対をする。そうするしか出来ない。だから。
明日の朝、彼女の元を訪れよう。他の女の香をたっぷりと身に纏って。

何の反応も返されないと知りながら、ロイはそう決めた。

どういう反応をしてほしいのか。どういう表情を向けてほしいのか。そんな明確なものはなかった。

ただ、打てば響く。感情的な幼い子供のその様が、愉快で愉快でたまらないのだと、ただ明日の為にロイは今日も夜会へ行く準備を始めた。


終.
 

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