長編2

□臆病なライオン
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校舎裏の隅で一人膝を抱えて蹲る沢田綱吉を前にして、雲雀は思わず目を見張った。

傷だらけの身体だった。殴る、蹴るといった暴行によるものだろう打撲痕のみでなく、切り傷や火傷もある。銃創も、あった。

2−Aの沢田綱吉が酷い苛めを受けているとは聞いていた。
けれどその人物が小動物でありながら牙を隠し持っている事を知っていたし、駄犬や赤ん坊が居るから問題無いだろうと思った。
勿論現場を目にしたら咬み殺してやろうとは思っていたけれど、自分がわざわざ出向くまでもないだろうと、長く放置していた。

沢田綱吉が苛められていると報告を受けたのは、半年ほど前だろうか。その期間ずっと放っておいた。
考えもしなかったのだ。駄犬や赤ん坊が、その苛めに加担しているなんて。

初めて目にした沢田綱吉の状態。現状。これはもう苛めの域を超えている。殺意すら見える。そんな状況だった。

雲雀は思わず蹲る沢田綱吉の元に歩む。かさりと音がした。
木の葉が落ちる音だった。雲雀の聴覚はそれを感知するが、その他大勢は気付かない。
そんな音を過敏に広い、沢田綱吉は顔を上げた。怯えたような瞳が雲雀を見た。

引き攣った顔、震える身体。琥珀色の瞳は恐怖しか映さない。

確かに以前から雲雀に怯えている節はあったけれど、恐怖一色に染まるほどではなかったのに。
戦闘の際は確かな信頼だって寄せられていたのに。

ああ、この子はもう駄目だ、と雲雀は思った。
もう駄目だ。この子はもう、ただ一心に仲間を、他人を信じて他人の為に他人を守る事なんてもう出来ない。

マフィアの10代目。その責務を突然押し付けられて、ファミリーを守る為に拳を奮う事を余儀なくされて。
でももう、誰かの為に拳を奮うなんて、出来ないだろう。

だって知ってしまったのだ。暴力を奮われる恐怖を。裏切りを。人の心は移ろう事を。

「沢田綱吉」

雲雀は静かな声でその名を紡ぐ。ひゅっ…と息を呑む気配がした。がたがたと震える身体。
声を掛けられる事すら恐怖を示す。長く罵倒され続けている事を、無意識にその様が表していた。
見下ろされる事で少なからずの圧力を感じるようだった。

雲雀は数秒考え込んで、膝を折った。蹲っているが故に低い目線に視線を合わせる。

「僕が君を守ってあげる」

沢田綱吉が目を見開いた。雲雀は黙って、その大きな琥珀の瞳を見つめ返した。

「まもる…?」

しんじてくれるんですか…?
期待と疑念を綯い交ぜにした声が、雲雀に問い掛ける。
当然だろう、と雲雀は心の中で呟いて、首肯した。

雲雀は決して嘘をつかない。その事を知っているからか、
或いはその超直感という類稀な能力から虚偽などないと感じたのか、沢田綱吉は恐る恐る彼に手を伸ばし、きゅ、と雲雀の学ランを掴んだ。

自分以外に頼れるものなど無いのだと、躊躇いながらも縋ってくるその小さな手に雲雀はそっと己の手を重ねた。


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第一話:prologue

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