長編2

□そして暮れてゆくあい
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それを目にしたのは、本当に偶然だった。動物的勘、或いは必然だったのかもしれない。

その日ロイは、懐中時計を忘れた。
別段手元になくとも困らないが、何となく気になって、自宅へと引き返した。

その道の途中、邸宅の手前にある森で、金色の何かが視界を過った気がした。
思わず目で追うと、美しい金色の髪を持った、小さな体が猛烈な勢いで森を突き抜けていた。

蜂蜜をとかしこんだような見事な金色。宵闇にも呑まれる事無く輝く金色。
あんなに見事な色合いの金髪をした人間を、ロイは一人しか知らない。


「…エドワード嬢……?」


後ろ姿しか見てはいないが、ロイはその小さな影がエドワードであるような気がしてならなかった。
だから、自室で懐中時計を回収した後、部屋で不貞腐れているであろうエドワードを確認しに彼女の部屋へと向かった。

安心したかった。エドワードはそこにいる、抜け出す術など無い。逃げだす術など無い。そう確認して安心したかった。

(…安心…?違う、私は態の良い駒であるあの子を逃がす訳にはいかないから、だから)

誰にともなく、心の中で言い訳をする。
そして、恐る恐る、彼女の部屋の扉を開ける。

そこには誰もいなかった。寝ているか、本を読んでいるか。
そのどちらかをしている、小さな少女の姿を知らず望んでいたのに、部屋の中は蛻の殻だった。
おもちゃのようなただ甘く愛らしいだけの部屋が、沈黙を持ってロイを迎え入れた。

彼女は部屋に閉じこもり、決して室内からは出てこない。そう使用人達からは報告を受けていた。それが、何故――。

ロイはぎりりと唇をかみしめた。

夜に館を抜け出す。その指し示すところは、一つしかないではないか。
子供だと思って油断していた。潔癖そうな様子に騙された。

裏切られた。
ただの駒。道具。そうとしか思っていなかった筈なのに、何故かそう感じた。

裏切られた。裏切られた。そうだ、所詮彼女も貴族の女なのだ。

そうして湧きあがった感情は、怒りに似ていた。




それでも今期最後の夜会という事もあり、ロイは出掛けた。そしていつものように帰宅後、エドワードの部屋を訪れた。

エドワードはベッドの上に転がって、気だるげにロイを出迎えた。
面倒臭そうにロイの話を聞き、応答し、だるそうに無感動にロイの姿を瞳に映した。
これまで幾度となく目にしてきた姿だった。

もしかして今までも館を抜け出して、そのくせ何も知らない無垢な子供の顔で、自分を騙してきたのだろうか。そう思うともう駄目だった。
怒りなのか憎悪なのか、腹の底で黒い何かがぐるぐると渦を巻く。

だからそれを確かめようと、ロイはもう既に存在しない夜会の予定を、さもあるかのようにして振舞った。
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