長編2

□ただひとつの名前
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着ていた筈のドレスはいつの間にか脱がされて、膝近くまであるシュミーズとドロワーズしか身に纏っていない格好にされていた。

露になった腕や背中。首筋。素肌を這う指の感触に、ぞくりと悪寒とは違う震えが走る。


「なに、するつもり、だ…」


聞かずとも、ロイの行動が何を示しているのかは分かっている。
しかし、それを否定したくて、エドワードは引き攣りそうになる声を気丈に押さえ込んで問い掛けた。

恐怖で思考が霞むが、懸命にロイを睨めつける。

ロイは無表情でエドワードを見下ろした。


「今更、愚かな生娘のフリか」


冷めた瞳が酷薄な光を灯す。口端がつり上がる。

エドワードは初めて、恐ろしいと思った。
真っ黒な容姿が、まるで悪魔の使いのようだと。

ロイは初めて己を見て恐怖の色を映した琥珀の瞳に、目を見開いた。
しかし、すぐに愉快そうに瞳が細められた。


「まあ、所詮は形だけの夫婦だ。相手にどのうような感情を抱いていようが関係無い。私だって、君が嫌いだ」


ドロワーズの紐が解かれる。
緩んだ下穿きに手を掛けられて、エドワードは慌てて、その薄い布地を下ろされないように必死に掴んだ。


「なんなんだよ、あんた…!オレとアルはそんなんじゃないって、言ってる!
 それにもしオレとアルがあんたが考えてるようなことやってたからって、あんたに文句言う資格があるのかよ!?
 い、いろんな女とそういうことやってんのは、あんたじゃねーか!」


吠えるエドワードを、冷笑しながら、ロイは抱き締める。


「君が一言そう望めば、私だって女漁りを止める事も吝かではなかったよ?
 態々他の女を抱く必要など、なくなる訳だからね」


耳元で囁かれながら、ねっとりとした舌で耳殻を擽られて、エドワードは身体を引き攣らせた。

小さな体いっぱいに、女の、本能的な恐怖が押し寄せる。

恐怖。畏懼。今自分に起こっている現象に、慄然とするしかない事実。
そういった状況の中無条件で呼べる名前を、エドワードは一つしか知らなかった。



「たすけて…」



今この場に居ない人間を求めても無駄だと知っていたのに、口をついて出たのは。


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