長編2

□いずれ悔いる日々の始まり
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たすけておかあさん、と。
子供に戻ったような、稚く、か細い声で母親に救いを求めるエドワードを前にした瞬間、ロイの中に燻っていた何もかもが萎えた。

抑える事さえ出来ないような憤怒も。子供相手に勃つ訳が無いと思っていたのに、怒りと共に湧き上がった有り得ない熱も。
憤怒の感情を覚える前に彼女に抱いていた、もしかしたらこの子は他の貴族の女とは違うのかもしれないという、期待も。

何もかも全部が、たすけておかあさん、とエドワードが声に出した瞬間にかき消えた。

震える小さな肩は、確かに恐怖を、畏懼を、ロイに抱いているのだと示している。
藁にも縋る思いで、無意味だと分かっていても救いを求めた末に、無意識に口に出した言葉だろう。

けれど。

彼女は両親を憎悪していた。
父親も母親も嫌いだと、確かに態度に表していた。

それなのに、母親に助けを求めたのだ。
無垢な子供のように。
親の庇護が当然だと考える、無知で傲慢な子供のように。

――親を憎悪しているのに。


「君も結局は、家の権威に縋り寄生する貴族という生き物だったという訳だ」


ぽつりと、誰に聞かせるつもりもなく、呟く。

エドワードはリネンのシーツにうつ伏せたままぴくりとも動かない。
必死にドロワーズを腰元に留めようとしている手が、彼女に意識がある事を示しているけれど。
彼女は決して反応を返す事無く、声も漏らさずに、ベッドの上で人形のように固まっている。

驚愕に見開かれた瞳が、彼女も自身の言葉に心底驚いていることを示していた。

おかあさん。

エドワードがこれまでエルリックの母親の事を、そう呼んだ事が無いという事実に、ロイはとうとう気が付かなかった。



終.
 

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