長編2

□悲しみは今もこの胸の中にいます
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館を抜け出していたことが露見し責め立てられた翌日。
目を覚ましたエドワードの元へと最初にやって来たのは、ロイ・マスタングだった。

いつものようにエドワードの世話を焼こうとするホークアイではなく、
エドワードの衣類の回収や食事の運搬を為すメイドでもなく、
書籍を持ってやってくるヒューズ親子でもなく、
厳しい表情を浮かべたロイがやって来た事実にエドワードはひくりと喉を震わせた。

昨夜のロイの怒りようや行動を思い返して怯えを隠せない。
そんな自分を口惜しく思いつつも、エドワードは動揺のあまり乱れそうになる呼吸を抑え込んで、やって来たロイをやり過ごすことにした。


「エドワード嬢。昨日、一つ言い忘れていたことがあったんだが」
「…なんだよ…」


既に平素の荒い口調もばれているため、エドワードはつっけんどんに返した。
ロイは瞳を鋭く尖らせて、フン…と鼻を鳴らした。

しかしエドワードと同じく、もうどんな些細なことであれ相手に介入する気が失せてしまったのか、
彼は以前のように小ばかにしたような台詞を返すことも敢えて神経を逆撫でする言動を放つこともなく、淡々と言った。


「君とどうにも仲が良いらしいヒューズはもう来ない。契約は切ることに決めた」
「なっ…」
「君は男を誑し込むことに驚異的な才能を持っているようだからね。
 あの愛妻家のヒューズですら、下心はないにしても君に心を砕いているくらいだ。
 もう君には婚約者である私以外の男は、婚姻までは近付けさせない」


言い捨てたロイに、エドワードは驚愕する。

婚姻したら、ますます逃げ場はなくなるだろう。
だから、もう婚姻までロイ以外とは会わせないと断言されるということは、エドワードの大事な人たちには二度と会えなくなるかもしれない可能性を示していた。
恐らくもう簡単には外には出られない。アルフォンスに会えない。ヒューズ親子にも会えない。
この家にいる人間とだけしか、そうそう接触を図れない。
その事実に絶望が去来する。


「あんたにそこまで命令される筋合いなんか…っ」
「あるだろう。不逞を働いたんだから」


取りつく島もない。ロイは完全にエドワードとアルフォンスが恋仲であると思い込んでいるようだった。冷えた視線が投げかけられる。

――彼は今、エドワードが自分が嫌悪するものと同等物であると、思っているのがよくわかった。

ぎりりと、奥歯が砕けるんじゃないかというほどに、エドワードは唇を噛み締める。
明らかに承伏していないエドワードに、ロイは剣呑に瞳を細めた。


「そうだな。もし、私の命が聞けないというならば」


わざとらしく言葉を切り、口端を上げる。
つくられた酷薄の笑みを、エドワードは冷や汗をかきながら見上げた。

ロイは言う。


「君の逢引の相手。あの古書店の一人息子だろう?そこを、潰してやろうか」
「あ…あの家には何もするな……!」


小さな書店をつぶすことなど、ロイならば造作もないことだろう。エドワードは悲痛な声を上げた。

ホーエンハイム家はエドワードの特別だ。
だから、そこがなくなるなんてことは耐えられない。
そしてそんな自分の感傷以上に、彼らを巻き込んでしまうことが嫌だった。


「もう出ない。絶対出ない。この家から…この部屋から…!」


はじめて見る感情的になるエドワードに、ロイはひたすらに冷めた瞳を向け続けた。



終.
 

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