長編2

□ダイヤモンドダスト
2ページ/3ページ





数日間は、暫く読んでいなかった自身の本に目を通したり、庭の散策をしたりといった事で時間を潰す事が出来た。
さて、今日は何をしよう…と、相も変わらず自室で一人朝食をとりながら、エドワードは唸った。

淡い水色の、ボビン・レースのあしらわれた綺麗なドレスに包まれた、
まさに貴族の令嬢という格好のまま、ぽたぽたと滴るドレッシングに気にも留めず、黙々とサラダを口に運ぶ。
雫が滴っている割にドレスも机も汚れずに済んでいるのは、エドワードの作法の賜物なのだろう。

意識は向いていないにも関わらず、エドワードは器用に朝食を平らげていく。

考え事をしながら朝食を進めていると、突然がちゃりと部屋の扉が開いた。

朝食はもう既に目の前にあるし、ホークアイが様子を窺いに来るにはまだ少し早い時間帯だ。エドワードは眉を寄せて顔を上げた。


「やあ、エドワード。ちょっといいかな」


現れたのは、大嫌いな婚約者、ロイ・マスタングだった。

形式的には質問しているようなのに、彼のその口調は一切疑問形じゃなかった。

当然のように、エドワードが返答を返す間もなく、彼はエドワードの部屋にずかずかと入り込む。
そして、以前この部屋へやって来た時と同じに、革張りのソファにどっかりと腰を下ろした。
どうやら、エドワードには大きすぎるこのソファは、彼が自分自身の為に用意したものだったらしい。

エドワードは本気で、このソファを廃棄する術は無いかと考えた。

苛立つエドワードの目の前で、ロイは適当にテーブルを引き寄せると、手に持っていた物を置いた。

それは、エドワードの物と同様の、朝食の積まれたトレイだった。


「何ですか、マスタング様」


自分の部屋で、自分の目の前で、当り前のように朝食をとり始めたロイに、エドワードは訝しげな表情を浮かべた。

ロイは、エドワードの発した言葉に眉根を寄せて、溜息交じりに返した。


「君ね、以前も思ったんだが、婚約者なのだからそんな風に他人行儀な呼び方をするものじゃないだろう。
 ロイ、と呼んでくれないか」


ほら、と名前で呼ぶ事を促すロイに、エドワードはひくりと頬を引き攣らせた。
真っ正直に、その美しい顔に嫌悪の表情を乗せるエドワードに、ロイは愉快そうな表情を浮かべる。

エドワードはそれに気分を害し、ぱくんとハニートーストを頬張りながら、


「何ですか、マスタング様」


貴様の為に脳を働かせるなど言語道断と言わんばかりに、再度、一言一句違わない言葉を発した。

ロイはフレンチトーストにフォークを突き刺しながら、
にっこりと極上の――エドワードからすれば最高に胡散臭い――笑顔を浮かべた。


「夜会の誘いが来たんだが、君も一緒にどうだい?」
「いきません」
「夜会用のドレスなら、すぐに用意できるが?」
「いりません」
「何だ、君、ダンスの教養が欠けているのかい?」
「以前、婚約披露パーティーでワルツを踊った事も忘れてしまったんですか。耄碌しましたね」
「冗談だよ」


互いににっこりと微笑みあって、敵愾心を剥き出しにして、二人は朝食を食べ進めていく。

きっと双方、互いの言葉の応酬に集中していて、味など感じていないだろう。
言い合いながら黙々と腹に食物をおさめていくその様子からは、
微塵も、その素晴らしく美味しそうな食事を味わっている事が感じられない。
手掛けた料理人が目にしたら、怒るか、泣くかのどちらかだろう。


「では、君は夜会には出席しないんだね」
「ええ。私のような子供を伴っていらしたら、マスタング様の性欲発散の邪魔をしてしまいますでしょう?」
「ははは。別に君のようなちんちくりんな婚約者が出来た所で、私の交友関係の妨げにはならないさ」
「ふふふふふふ。婚約者のいる殿方に平然とちょっかいを掛けるような恥知らずが、マスタング様がお好みの女性像なのですね。
 貴方にすごぅくお似合いだと思います」


片方が言葉を発する度に、ひくひくと口角を引き攣らせながら、二人は延々と言葉の応酬をし続けた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ