長編2

□敵の敵
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叡智に満ちた金の瞳を覗きこんで、ヒューズは何事かを思案するように僅かに唸る。
ロイはそんなヒューズに眉を顰めるが、初めて目にした緩んだ表情のエドワードに対する衝撃から、沈黙を貫き通した。

エドワードは自分を開けっ広げに観察してくるヒューズを疎ましく思いながらも、気にしないように努め、受け取った書物を開いた。

成程ロイが勧めてくるだけあって、ヒューズの経営している書店は中々の品揃えらしく、態々波風立ててまで訴えるべき不満要素は無かった。

好みのど真ん中を付いてくるホーエンハイム書店には及ばないものの、その場凌ぎの満足感は得られそうだ。
エドワードは嬉しそうに書物を一冊ずつ、触り部分だけを見聞して、満足そうに笑み崩れた。


「これは一度読んだ事があるので、いりません。お返しします」
「え!?おいおい、これはこの中で一番入手に苦労した一冊だぞ」
「ほぉう、卜占に関する本か。君も矢張り女の子なんだな」


ロイが言葉を発した瞬間、エドワードはそこで彼の存在を思い出したという風に、表情を強張らせた。
それから普段通りの意識的に作り上げた作り物めいた笑顔に切り替えて、ロイを見上げた。

そんな彼女の様子に、ロイは不機嫌そうに顔を顰め、
ヒューズは益々目を見開くが、エドワードはその様子を視界の端に留めながら、徐に口を開いた。


「女性全般が卜占を好きなんて、偏見ですよ。これは、占者が歴史に与えてきた影響を科学的に推察した本なんです。
 オクタヴィアヌス皇帝が傾倒していたという占者について論じている部分なんかは綿密で、精選された一冊なんですから。
 マスタング様も一度目を通してみたら如何ですか」


一切崩れる事の無い、エドワードの作り上げた精巧な笑顔を見下ろしていたロイは、詰まらなそうに溜息を吐いた。

ヒューズはそんなロイを一瞬睨め付けると、エドワードに視線を戻した。

エドワードはロイの粗悪な態度にヒューズが気にする程の感慨は抱いていない様子で、今度はヒューズに作り物の笑顔を向けた。


「ヒューズさん、ありがとうございます。恐らく今日一日で読み終わってしまうので、明日も追加お願いしますね」
「これだけの数を一日で読破するのか…。凄いな、エルリックのお嬢さんの天才ぶりは噂には聞いていたが、ここまでとは思わなかったぜ」


ヒューズの言葉に、エドワードとロイはそれぞれ肩を揺らした。

エドワードは両親が自分の情報を外に漏らす筈が無いという思いから驚愕に目を見開き、
ロイは聞いた事も教えた事も無いエドワードの頭脳に関する事実を親友が知っていた事に驚嘆した。


「「噂…?」」


思わずハモりながら訝しげな声を発した二人に、ヒューズは「何だかんだいって、お前らお似合いじゃねーか」と豪胆に笑いながら、手を振った。


「一部では有名なんだぜ、あんた。勿論良い意味でな」
「何ですか、それ…?」


エドワードはヒューズの言葉に訳が分からないと首を傾げながらも、
情報を漏らしたのが両親ではないらしいと知るや否や、興味を失ったように書物に没頭し始めた。

完全にエドワードが二人の存在を無視し始めたのを見て、ロイとヒューズは溜息を吐くと、すごすごと室内から出て行った。


「…一体、どういう……。お前は何を…………」
「こないだも言った…俺はこの…………反対…」


閉じられた扉の向こう側で、男二人が言い合うのを耳にして、エドワードはそっと口元を緩めた。

漏れ聞こえてくる言葉はエドワードの予想とは違ったものの、歓迎すべき事実を形作っていた。

(ヒューズって奴は、どうやらオレの敵じゃないらしい)

にやりと不敵に微笑んで、エドワードは翌日ヒューズがロイを伴っていない事を願って、今度こそ完全に意識を本に埋もれさせた。



終.
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