長編2
□落ちて巡る。繰り返し繰り返し、始まる日々の最後
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エドワードはいつも、夜ホーエンハイム宅から帰る時は、森の中の道ならぬ道を行く。
途中に隠した豪奢なドレスに着替えつつ、ただ只管に走って走って自分が今身を寄せている牢獄――マスタング邸へと走るのだ。
夜明け前に帰宅すれば、大抵邸は静まり返っていて、ロイ・マスタングはまだ帰って来てすらいない。
「はぁ、はぁ、今日も、間にあったか…」
ふぅ…と額の汗を拭いながらこっそりと、邸を取り囲む掘に自ら開けた穴へと、
兎を追いかけおかしな国へと行き着いてしまう物語の少女のように、ひょいっと飛び込む。
そのまま植木から頭をずぽっと飛び出させ、次いで体を抜こうと地面に着いた手に力を入れる。
と、その時。背後――つまりは掘の向こう側で、人の気配がした。
ひた…と己のすぐ傍に控えたその存在に、エドワードは身を縮こまらせた。
危険人物か、或いは館の人間か。どちらにしても拙い事実である事に変わりはない。
青ざめて固まっていると、ぐっと腰元を掴まれた。
「ずいぶんと、おもしろい格好をしているね。エドワード嬢?」
冷やかな声が、上から浴びせかけられる。聞き覚えのある、今一番聞きたくない人物の声だった。
ずるずると引っ張られ、堀の外側に再度引き戻される。
そこには予想通り、ひどく冷淡な瞳を浮かべた、ロイ・マスタングが立っていた。
「さて、弁明をしてもらおうかな、エドワード嬢。出来るものならね」
その瞳には、かつて向けられた事の無い、侮蔑だけでは無い色んな負の感情が浮かんでいた。
怒りなのか――、悲しみなのか――。
しかしその表情は、いつもの通りにいけ好かない笑みを浮かべていたので、エドワードはついつられてぎろりとにらみ返した。
「反省の余地はなしかい。まあ、ここで言い訳を並びたてられても興醒めだがね」
ロイはにっこりと完璧な笑顔を作り上げると、ひょいっとエドワードを抱え上げた。
「!? 何しやがる…っ」
「部屋に連れていくんだよ。私の贈ったドレスがみすみす汚されていくのを、黙って見ている訳にもいかないしね」
生垣に突っ込んだ為、葉っぱと土埃が付着したドレスの付着したドレス。
はたけば落ちる程度の汚れなど大して気にも留めていないだろう事が丸分かりののんびりとした口調に、エドワードは眉を顰めた。
「私はね、先日の夜会の際、忘れ物をしてね。途中邸に戻ったんだ。そうしたら、館を抜け出している君を見つけたんだよ。
あの時は最後の夜会という事もあって確実に出席しなければならなかったし、だから放っておいたんだけれど。やはり君が何処へ出ていたのか気になってね」
「……」
「ずいぶんと楽しそうに、男と歩いていたね。いずれ囲う予定なのかい?」
侮蔑するようなその声に、エドワードはカッと頬を赤く染め上げた。羞恥ではなく、怒りでだ。
外聞を重んじ、しかし実際は貞淑さなど欠片も無く金で男を囲う。愛の無い婚姻を結んだ貴族に――否、そうでない貴族にもままある事だ。
そしてロイ・マスタングはそんな貴族を憎悪している。そんな貴族と――同列にされた。
「ふざっけんな!!!!オレとアルは!そんなんじゃない!!!!」
怒鳴ると同時に、ぽいっと投げられた。いつの間にか部屋へと到着していたようだった。
ふわふわの高級ベッドは、ぽすんと反発して、乱暴な扱いだと言うのにあまり痛みを感じなかった。
「しかしそれを、どうやって証明する?とても信じられないな」
言いながら、ロイはのっそりとエドワードをぶん投げたベッドの上へと上がって来た。
「何の真似だ」
「婚前に相手を寝取られた男が、どれほど笑いの種にされるか、君も貴族の女なら分かるだろう?」
「オレみたいなガキ相手には、勃たないんじゃなかったのか」
じり…と下がると、足首を引っ張って元の位置に戻された。
エドワードは今まで感じた事の無い恐怖とを隠しながらも、ひたとロイ・マスタングを見据えた。
「いやまあ、何んとかなるだろう。それにしても素の君は、全く教養の欠片も感じられない言葉を吐くのだね?」
愉快そうに細められた瞳。その瞳に本気を垣間見て、エドワードは「ひ」と短い悲鳴を上げた。
終.