長編

□again
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6月19日の放課後――。
朝起きた事件の興奮が冷めやらない生徒達がざわめく中で、とある一室はしんと静まり返っていた。

黒い革張りのソファと、高質な執務机。
ずらりと並べられた、学校の歴史を彩るだろうトロフィーの数々。
そこにふんわりと香る、紅茶の芳香。

そんな、もしかしたら校長室よりも立派かもしれない応接室の中で、二人の男子生徒が只管黙して、向かい合って座っていた。

片方は、並盛中学指定の学生服ではない学ランに身を包み、薄く微笑を浮かべて、優雅に紅茶を呑んでいる。
この学校では知る人ぞ知る存在である、恐怖の権化、風紀委員長の雲雀恭弥である。


「風紀委員から報告があったよ。君、笹川京子に告白したらしいね。
 しかも剣道部部長と彼女を巡って争ったんだって?演技はもう止めたの?」


彼は楽しげに瞳を細めて、いかにも愉快そうな声で、向かい合う生徒を揶揄するように言葉を紡いだ。

その楽しげな様子に、相手の少年は疲労困憊した表情を向けた。
返事を返す気力も無いという風体だが、そんな事を傍若無人で天上天下唯我独尊を地で行く雲雀が許す筈も無かった。

無言の圧力で返答を促す雲雀に、少年は覇気の感じられない口調で、言った。


「………京子ちゃんに告白なんて…そんな心算じゃ無かったのに。
 そりゃ、『京子ちゃん可愛いなぁ』って思ってたけどさ。オレは友達になりたかっただけで……」


精神的体力が随分擦り減っているらしいその様子に、雲雀は首を傾げる。
そして、何があったのかを説明するように、視線だけで促した。

視線を一瞬向けられただけであるというのに、雲雀が何を求めているのか把握した少年は、気落ちした様子でぼそぼそと呟いた。


「大体オレが女の子に告白なんてする訳無いって、恭弥君なら分かってるだろ」
「うん。君は同性愛者じゃないからね」


どう見ても少年にしか見えないその男子生徒は、実は少女だった。
詳細は本人にも知らされていないが、父親の実家の事情で男として一定年齢まで育てられる事が決められたらしい。

少年――のような少女・沢田綱吉は、さっきからずっと深く深く項垂れて、暗雲を発生させそうな空気を醸しながら、盛大な溜息を吐いた。
そして、雲雀の求める答えを教えるべく、口を開いた。


「家庭教師が出来たんだ、オレに」
「…君に…家庭教師……?」


その言葉に、雲雀は不可解そうに眉を顰めた。

ダメツナ。そう呼ばれている彼女は、実は雲雀とタメを張れるくらいの優秀な人間である。
現時点では、その事は雲雀しか知らない。教師や生徒、果ては親にまでも、彼女は『虚像』しか見せず、生きているからだ。

入学以来全教科赤点の駄目生徒は、実は創立以来の天才・雲雀と同等の人間だ。
その事実からすれば、家庭教師なんて丸っきり必要無い。

全てを知っている雲雀は、何のために…?と言いたげな表情を浮かべ、しかし次の瞬間、小さく頷いた。


「……ああ、君の母親か。確かに本当の君を知らないなら、悲観して家庭教師を付けても仕方ないかもしれないね」
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