短編小説

□如月屋
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 閑散とした土地に、ひっそりと建つ古びた店。
 人通りも少なく、客が出入りしている気配が感じられないその店は、本当に経営しているのかさえ、怪しまれる。
 外装は和風な雰囲気で、明治時代に建てられた和菓子屋、と言われても納得がいってしまうだろう。
『如月屋』という冴えない看板を見て、青年は足を止めた。

 吉村信司(よしむら・しんじ)。彼女いない暦二十年の二十歳。
 一件どこにでもいそうな平凡な青年。しかし、彼の眼差しには強い意志が感じられた。
 彼は今、「彼女いない暦20年」の記録を破るために、ここに立つ。

(……ここで一体、どんな『出会い』が待っているんだろう…)

 大きく息を吸って、緊張と期待を胸に、信司はドアを開けた。
 中へ入ると、外観以上に古びたイメージで、様々な骨董品が並んでいる。
 信司は『客』としてこの店に来たのではない。『店員』として雇ってもらおうとして、やって来たのだ。

 兄の紹介でこの店を知ったのだが、兄からは「知り合いが経営している骨董品屋」とでしか、聞かされていない。
 それだけでは働く気にはなれなかったのだが、兄に「そこの店主はスッゲー美人だぞ」という売り文句に折れてしまった。

 信司がこの店に来たのには二つの理由がある。
 一つはもちろん『店員』として働くため。もう一つは『素敵な出会いを求めて』だ。
 信司は生まれてから今まで一度も彼女を持ったことがない。小中高すべて男子校だったのもあるが、原因は自分自身にもある。

 信司は、女性の前だと『あがってしまうのだ』。
 何度か克服を試みたが、結果は変わらなかった。しかし、信司はどうしても諦められない。
 そこで、信司はある意味「修行」という意味も込めて、この骨董品屋『如月屋』で働くことにした。兄が教えてくれた「美人」な店主を通して、女性に慣れるために。

 今まで数々の仕事をこなしてきたが、どこも当然女性店員がいて、話しかけられるたびに、信司は緊張のあまり混乱して、ヘマばかりしていた。
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