短編小説

□如月屋
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 そして現在無職の彼は、このままでは結婚どころか就職すら危ういのでは、と思い始める。
 だから思い切って店員が少ない、この店に自分の人生を賭けた。決して「美人」に釣られたわけではない。

(いや……確かにそれもあるけど……俺は、ここならきっと素敵な女性と巡り合えると信じているんだ)

 兄に言われたからだけではない。こういう静かな環境こそ、自分に相応しいのでないか、と実際の店を見てそう思った。

 信司は改めて店内を見回した。
薄暗い室内は外よりも静かで、店員らしき人はおろか、客の姿さえ見当たらない。

(……本当に、やってるのか?この店)

 疑問に思いながらも、信司は正面にあるカウンターまで歩み寄った。

「すみませーん。誰かいますか?」

 カウンターの向こうに見える部屋の入り口らしき方に、呼びかけてみる。
 しばらくしてようやく、この店の者らしき声が聞こえてきた。

「はーい。ちょっと待ってて下さいね」

 明るい女の人の声が部屋の奥から響き、言われた通り信司は相手を待った。
 数分が経った後、パタパタと軽快な足音が近づいてきて、この主らしき人物がカウンターまでやって来た。

 信司の予想通り、相手は女性のようで、小柄で愛らしい日本人形のような印象を受ける、女性だった。
 綺麗に切り揃えられた黒髪は、顎のラインを少し超した位置にあり、服は花柄が散りばめられた紺色の着物を着ている。
 女性店員はこちらを確認すると、優しい微笑みを浮かべて訊ねた。

「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」

 外見に合った、軽やかで愛らしい声。信司は一気に体の中の熱が上昇するのを感じた。

「あ、は、初めまして……! 俺……いや、僕今日からこの店で働くことになった……よ、よ、吉村信司です……!」

 早くもあがっている信司の顔は真っ赤で、姿勢は先生に叱られた小学生のように、
「気をつけ」の体勢のまま、機械的な動作で礼をした。
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