novel

□a modest wish
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 少し開いた寝室のカーテンの隙間から月の光が降り注ぐ。

 その光は夫の整った顔の輪郭をなぞった。

 夫は自分の身体をきつく抱きしめる。

 直接耳に響く夫の鼓動が、自分の胸を締め付けた。 


 ただ、今この時間が大事で、このぬくもりを手離したくなかった。


 あと数時間でこの人は戦場へ赴かなくてはならない。


 考えないようにしていても、どうしても拭い切れない不安。

 気付かれないようにしていても、その胸に抱かれていたのでは気付かれてしまう嗚咽。


 そうすると夫は必ず自分を抱く力を強め、「ごめんな」とささやく。

 
 謝罪なんていらない。
 ただ傍にいて欲しいだけなのに。


 そんなささやかな望みさえも、天にまで愛されたこの人を手に入れた自分には望んではいけない事なのか。

 
「……オメエでよかった……」

 自分をその逞しい腕で閉じ込めたまま、夫は呟いた。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を胸から離し、夫の顔を見る。

 その姿はいつもの、黒髪の夫の姿だった。

「オラのヨメが、オメエでよかったぞ、チチ」

 いつにも増して、優しく黒い瞳。

「…いや、オメエじゃねえとダメだったんだ。オラのヨメはチチじゃねえと……チチ以外はダメだったんだ」
 
 口下手で不器用な夫の言葉に胸が熱くなる。

「……どうせ……おらの料理が……だべ?」

 少しそっけなく言ってみる。そうすると夫は大体バツが悪そうに苦笑しながら「ちげえよ」と言うだろう。


「……チチじゃねえと……オラ家族なんて持てなかった……独りで暮らして、独りで修行して、独りで死んでいったんだろうな……」

 夫はそう言って自分を閉じ込める腕の力を強めた。

 夫の胸に顔を押しつけられて、夫の顔を見る事が出来ない。

「……悟空さ……?」

「……オメエがいてくれて……よかった……ずっと待っててくれて……よかった……」

 その声は震えていた。この腕も、胸…も…。
 
 それを感じると、今度こそ隠すような嗚咽ではなく、声をあげて泣いた。


 夫は自分の頭のてっぺんに顔を埋め、そして二人して抱き締め合った。


 決して離れぬように、このまま、二人して消えても構わないとまで思える程に。

 
 昨日まで、手を伸ばせば届くのに、限りなく遠く感じた。

 でも今は、二人一つに溶けてしまう程に、近くに感じる。


 この夜が明ければ、夫は行ってしまう。

 それまでは、一つに溶けてもいいではないか。

 この夜が明けるまで、夫を自分だけのものにしてもいいではないか。



「……約束してけろ……絶対おらの所に帰ってくるって……」

 少し熱の引いた夫の胸の上で呟く。


「……あたりめえだろ……オラの帰る所はオメエの所しかねえのに」 

 少し間を空けて夫が言った。




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