リクエスト・捧げもの

□the first step
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 何となくぎこちない夕食が終わり、悟空はいつもなら早々に寝てしまうのにリビングにいた。

 いつもならそうだ。しかし、昨夜から何もかも変わってしまった。

 でも、それとは別に悟空には気になる事があった。
 

 チチは夕餉の後片付けと明日の朝食の準備を済ませ、悟空のいるリビングへとやってきた。

「どうしただ?まだ寝ねえなんて珍しいだな?」
「うん……ちょっとな……」

 そう言ってチチの座るスペースを空ける。

 チチはそこへ座るが酷く身体が強張っていた。

 夕べの事もある。その事を考えると酷く緊張するし、少し、ほんの少しだけど恐怖心もある。

「なあチチ……」
「へっ!?」

 緊張しているところに唐突に声をかけられたのだから、チチの声は上擦ってしまった。

 悟空はそんなチチの様子に気付いた。


 怖がられてる?


 そんなチチに悟空は口を開く事も憚られた。それでも、言わずにはいられない。

「……チチあのさ……」
「なんだべ?」

 少し様子のおかしい悟空に、チチはもっと緊張する。

(……もしかして……きのうの事で……もうおらに飽きたんだべか?)

 そんな後ろ向きな思考に陥ってしまう自分に少し嫌悪もして。

「……チチ……オメエよくオラの事『でえ好き』って言うよな?」
「……んだ……」

 神妙な顔付きの悟空に、チチの緊張は高まる。

「……今も……オラの事、でえ好きか?」
「え?」

 悟空の顔はまるで迷子のようだった。

「……オラ……オメエにあんな事したのに……それでもまだ……オラの事でえ好きか……?」
「あ……」

 チチは顔を真っ赤にした。きっと悟空は夕べの事を言っているのだ。

「オメエに嫌われたって……仕方がねえって……」


 悟空は急に不安になったのだ。

 家に帰ってからチチの様子が少しおかしい事に。

 自分はチチに対してあんな事をしたけれど、チチは本当は嫌で、自分の事を嫌いになってしまったら……と。

 何となくだけど、チチが自分を警戒しているようにも感じていた。


 でも―。

「大好きだべ!!」
「え?」

 チチは突然叫んだ。

「おらが悟空さを嫌いになるなんて事、この地球が滅んだって有り得ねえだよ!! そんな事……悟空さだってわかってるくせにっ!!」

 チチは悟空の太い腕を掴んで言った。

「こうなる事はおらも望んだ事だっ!! ずっとずっと悟空さが大好きで、悟空さのお嫁さなる事だけ願って生きてきただ!! だから、何があったっておらは悟空さのモンだっ!!」

 ちょっと怖かったけど、こうなる事を望んだのは自分だ。今更何も怖がる事はない。


 そう宣言するかのようなチチに、悟空は鼻の奥が痛くなった。そして視界が少し歪んだ。


「オラだって……死んだってオメエのモンだ……」

 悟空はそう言ってチチのうなじに手をかけ引き寄せた。

 そして、口付ける。

 触れるだけの、今朝したようなキス。

 でもあのキスと違うのは、ぎこちなさの中にも込められた誓い。

 死んでもお互いのものだという誓いのキス。


 きっと筋斗雲に乗れたのは純粋にチチを想っているから。

 チチは自分のもので、自分はチチのもの。

 チチだけが好きで、チチを守りたいから、自分は筋斗雲に乗れるんだ。

 悟空はそう思い、あとでこの事をチチに教えてやろうと思った。



 唇を離し、目と目が合う。

 二人はほんのり頬を染め、少しぎこちなく微笑み合う。

 それだけでもすごく幸せだと思う。


 悟空はチチのその細い身体をそっと抱き締める。
 
 初めてではないのに、まるで初めて触れるように。

 そっと、強すぎる自分の力を精一杯コントロールして。

 力を入れすぎず、でも身体いっぱいチチを感じるように。

 それが自然と出来るようになるにはまだ少しかかりそうだけど。


 少し歯がゆいけれど、それでも、この腕の中の温もりは自分のものだと感じられるから。

 
 一歩踏み出して。

 お互いが本当にお互いのものだと信じられる為の第一歩。

 二人はその一歩を踏み出した。



この先、何が待っていようとも、二人の歩調は変わらない。

一緒に一歩、そしてもう一歩と歩んでいくのだ。

何があろうとも、死が二人を別つとしても、お互いがお互いのものなのだと。

そう信じられた第一歩なのだから。


 end

→あとがき
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