novel
□open the door
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台所に立つチチの後姿はいつもと同じように見えた。
チチもそのつもりでいるのだろう。しかし、何かざわついたものを感じるのは気のせいではないだろう。
悟空も昼食ををいつものように食べてるようで、実はチチの様子を窺っている。
悟空にはチチの不安が手に取るように伝わってくる。
悟飯はいつものように食べているから、きっと気付いていないのかも知れないけれど。
悟飯が悟空たちのように気を読めるようになってから、チチは悟飯にも緊急事態以外は気を読まないように言ってきた。どんなに気を読むなと言われてもそれを破って時々チチの気を読んでいた悟空と違い、真面目は悟飯はその言いつけきちんと守っている。
食べながら横目にチチを見る。
鼻歌を歌いながら洗い物をしているけど、その気がこの先起こる闘いに対する不安でいっぱいだということはすぐに伝わってきた。
だから悟空も極力いつも通りにしていたけれど、変じたこの姿が余計に不安にさせているのだろう。
この姿でいるということは、いつもの黒髪の悟空では到底敵わない相手だという事はチチにもわかっている。
この姿であっても敵わないかも知れないということも……。
それでもチチは普通であった。普通であり続けた。息子のために……夫のために……。
「悟飯ちゃん、食事が済んだらお勉強だべ」
「はい」
食事が終わった悟飯はチチに返事をして、子供部屋に消えていった。
こんな時にまで勉強なのか? と、以前の悟空なら思ったかも知れない。
でも、こんな時だからこそいつも通りにするのだと、チチの心使いに気付けるようになったのは悟空も大人になったということなのか。
「食った食った!!」
ならば自分もいつも通りにするだけだと、悟空はいつものようにソファーに横になる。
「悟空さ、お行儀が悪いだよ」
「ヘヘッ、ワリイワリイ」
すると、いつものようにお小言が飛んできて、それにいつもの通り返す。
いつもの通りなのに、いつも通りとはこんなに難しいことだったのだろうか?
チチはいつも通りに家の用事をしている。悟空はただそれを見ている。
結婚した頃はせかせかと動き回るチチの動きを、『よくやるなぁ』と感心して見ていた。
さすが武術に精通していただけのこともあり、動きに無駄がなかった。
それは今でも変わりなく、既に武術は引退したとはいえ、元々は天下一武道会の本戦にまで残ったほどの実力を持つのだ。
悟空と結婚し引退したが、悟空はその実力を思えば勿体無いと思うこともあるが、でもこれ以上闘いに関わらせたくない気持ちもある。
新婚の頃は『勿体無い』ばかりが先行して、『たまには組み手でもしようぜ』などと誘ったりもしていたが、今ではチチが忙しいことも知っている。
忙しなく動き回るチチを見ていると、何だか早く自分の傍へ来て欲しくなった。
仰向けて天井を見る。そして左腕で顔を隠す。
暗くなった視界の中で思う。
チチの鼓動を感じ、温もりを感じたい。
何もしなくてもいいから、自分の傍にいて欲しい。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、これでももっと、もっともっと、傍にいて欲しい。
何故だ? 何故こんなことを思うのだろう?
ただ、一年チチと離れていたから(チチにとっては一日ではあるが)無性にチチが恋しいのだろうか?
何となく、それだけではないような気がした。
きっと自分は怖いのだ。
9日後に迫った闘いが、相手が、自分の力の及ばない相手が。
もし、勝てなかったら。確実にこの世界は終わる。
そうなると自分たちだけではなく、チチも死んでしまうのだ……。
悟空にはそれが無性に恐ろしかった。
そして、その重荷を息子に背負わせてしまうであろう自分が悔しかった。
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