novel
□open the door
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自分と養い親である孫悟飯という存在しかいなかった小さな世界。その祖父も死に、悟空一人になってしまった。
それが自分のせいであると知ったのは悟空の兄というサイヤ人であるラディッツによって再び騒動に巻き込まれ、そしてその1年後にやって来たベジータとの闘いの最中だった。
それまで満月の晩になると現れる化け物のせいだと思っていたけれど、本当は自分のせいであった。
そのことを知らずに生きてきた。仲間たちは知っていたのに悟空には決して話さなかった。
それが彼らの優しさであり、それによって自分が守られていたのだと思えるのに、相当の時間を要した。
悟空はそうした彼らの優しさにも痛みにも気付かずにいた。深く考えずにいた。
しかし、そのことに気付けたのはあの世であったり宇宙であったり、家族と離れる時間が長かったこともあり、その間に悟空も心身ともに成長していた。
再び一人になって、考えるということも増えた。
地球のこと。仲間のこと。悟飯のこと。そしてチチのこと―。
今までのことを考えた。祖父と暮らしていた頃から祖父が死に一人になったときのこと。
そしてブルマが現れ、自分だけだった小さな世界から大きな世界へと連れ出して貰ったこと。
外の世界は本当に大きかった。
悟空は自分を井の中の蛙だと思った。世の中にはたくさんの強者がいて、そういうヤツラと戦えると思うワクワクした。
そして仲間と出会い、師匠と出会い、それから、後に妻となる少女と出会った。
ブルマに連れ出して貰わなければこの妻には出会えなかった。
これも運命だった。例え違う惑星に生まれようと、悟空はこの地球へと落とされ、祖父に拾われ、ブルマに連れ出して貰って、妻に出会えた。
そして、息子にも出会えた。
ブルマもまた同じだった。悟空に出会い、悟空と同胞のベジータに出会った。
例え敵であったとしても、こうして出会い、子を成すことは運命なのだ。
どこでどう運命が繋がっているかはわからない。
でも、思わぬ形でそれは繋がり、形を成す。
いろんな偶然と必然が交じり合って、今ここに存在する。
そしてそのことによって、二人にとって大事な息子が生まれた。
「悟飯のヤツさ、昔は水に入っても怖いってピーピー泣いてさ。でも今は川に入ってデッケエ魚捕まえるんだもんな。子供ってすぐにデカくなくんだな」
目を細めてそう言う悟空は今、戦士ではなく父親だった。
昔の、ただ無邪気だった悟空しか知らない人間にとっては、父親の悟空というのは違和感があることだろう。
しかし、チチは悟空の妻であり悟飯の母親であるから、悟空のこういう姿は当然のように見ている。
悟空が夫になり、本当の意味での男になり、そして父親になった瞬間まで、チチは全てを見ている。
それがチチの誇りでもあり支えであった。
どんなに挫けそうになっても、どんなに嫉妬で狂いそうになっても、自分は悟空の妻なのだと、悟空の子を産んだのだと、それがチチを支えてきた。
「そうだべ。子供はあっという間に大きくなって、そんですぐにおらたちから離れて行っちまう……」
寂しげなチチの姿。すぐにどこかへ行ってしまう悟空。それなのに悟飯までどこかへ行ってしまったら、チチはきっと気が狂ってしまうかも知れない……。
しかし悟空はニッと笑い、
「悟飯はオメエの傍から離れたりしねえよ」
自信満々にそう言った。
「何でそう言えるんだべ?」
チチは何を根拠にと、悟空に詰め寄った。
「だってよ、アイツはオラとは違うんだもんよ」
「なんだべそれっ!? おめえ、またどっか行っちまおうとしてんじゃねえべっ!?」
チチは悟空の胸倉を掴んで叫んだ。
「ち、違うって!! アイツはオラと違って親がいるしさ、親孝行ってヤツするつもりだと思うっていうか……」
しどろもどろになって言う悟空に、チチはまた叫んだ。
「誤魔化すでねえべっ!? 今度また黙ってどっか行っちまったら、おら今度こそ離婚してやっからなっ!!」
「そりゃねえよチチィ〜!!」
思わずソファーに正座する悟空に、チチは立ち上がり、仁王立ちになって言った。
「いいや、今度こそ離婚だっ!! おめえはあの世や宇宙まで行っちまうしっ!! 次はもうねえだっ!!」
「すまねえって!! オラが帰って来なかったんは瞬間移動を覚えちまえば、どこにいたって帰って来れるって思ったからで……」
「どうだかっ!!」
プイッと頬を膨らませてそっぽを向くチチの顔が新婚の頃と一つも変わっていなくて、悟空は思わず口の端が上がった。
「あーおめえ、何笑ってんだべっ!?」
「笑ってねえって!!」
ほんの少しのことなのに、それを目敏く見つけるチチにまた苦笑する。
本当は嬉しかった。ほんの些細なことであってもチチはどんな自分でも見つけてくれる。受け入れてくれる。
例え宇宙人で、今のように姿を変じてしまって、不良のようだと怒っても、それでもチチは結局のところ『悟空さ』として受け入れてくれるのだ。
ギャアギャアとじゃれているだけの両親の声が聞こえてきて悟飯はペンを動かす手を止めた。
そしてドアの方を向いて一つ微笑んだ。
表向き淡白に見える父は実はもの凄く母に執着していることを知っている。
父が戻ってくるのを拒んだときに父の師匠が口を滑らした一言。
悟飯は『そんなことはない』と言おうとしたけれど、師匠も冗談めかして言っているのもわかったし、母もそんなに気にしてはいないだろうと思っていたけれど、実のところそうではなかったようだ。
『悟空さはおらのことが嫌だから帰って来ないんだべ』
母が祖父にそう漏らしている言葉を聞いてしまった。
思わず部屋から飛び出して『そうじゃない』と言ったけれど、母は小さく微笑んで『ありがとな、悟飯ちゃん』と言って悟飯の頭を撫でた。
母の心が傷ついていることを察した。帰ってくることを拒まれて、傷つかないはずがなかった。
何で帰ってきてくれないの?
悟飯は何度もそう思った。しかし、父にも思うところがあって帰って来ないことはわかっているから、とにかく父のフォローしかしていなかったように思う。
本当はもっと母のことを慮ってやらなくてはいけなかったのに。大人の中で育ったとはいえ、悟飯はまだそこまで理解できるほど大人ではない。ほんの、十歳にも満たない子供なのだ。
だから母も悟飯の前では至って普通の、いつもの母親でいたし、悟飯も母親がそうであったから安心して悟空の兄という男が現れる前の、平和であった頃の生活に戻っていた。
ただ違うことは、悟飯がもうあの頃の泣き虫ではなく、母を守れるほどの力を持ったということと、悟空がそこにはいないということだった。
しかし、父は何故修行をしなくてもいいと言っているのだろうか?
確かにこれ以上鍛えても意味がないのもわかるし、精神と時の部屋でみっちりと鍛えて超サイヤ人状態でも日常生活を送れるようにはなったが……。
悟飯はただ不安だった。もっともっと鍛えないと落ち着かなかった。
セルは今まで以上に強い相手だ。だからもっと鍛えないと、鍛えていないと落ち着かないのに、父のあの落ち着きは何なのだろう。
父には自分が知らない勝算でもあるのだろうか?
悟飯はそう思いながらも、両親のじゃれている声を聞き、嵐の前の静けさではあるけれど、今は平和なのだと実感した。
両親の声がそれを物語っている。
悟飯はノートを閉じ、部屋のドアを開けた。
なんだか急に両親と一緒にじゃれたくなった。
もし勉強しないかと叱られたりしても、『お父さんとお母さんがうるさいから』と言えば許してくれるだろうし、そうはならないだろうと悟飯は思った。
きっと混ぜてくれる。そう思った。
そして部屋を飛び出し、両親の元へと急いだ。
お父さんが大丈夫って言うなら大丈夫なんだ―。
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