雨の日の唄
□雨の日の唄121〜
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雨の日の唄129
「おっかしいのよ!! みんなすっかり寝込んじゃってるのよ。ご飯も食べないでよ?」
家の中に戻るなり妻はケラケラと笑いながら言った。
「トランクスもか?」
「ええ。ホントみんなよ。トランクスなんてアンタと同じ顔で寝てんのよ」
さも嬉しそうにそう言う妻であるが、何が一体面白いというのだろうか?
子供たちが食事もせずに寝入っていたというだけではないか。それのどこが楽しいのだろうか?
息子にしても自分の子だ。妻よりも自分に似ていると思う。だから自分と同じ顔で寝ていてもおかしくはない。
「それがどうしたと言うのだ?」
「だってさ、あの食欲魔人みたいな子たちよ?なのにこんな時間まで何も食べずに寝てるなんてさ、夕べよっぽど眠れない何かがあったんじゃない?って思うわけよ」
何かを含んだような顔で妻はそう言った。
「何かとは何だ?」
「もう、鈍いわねえ〜。悟飯君とビーデルちゃんよ。ちょっとは進展したのかしらねえ?」
嬉々としてそう言うが、自分には何が楽しいのかわからない。
これはきっと悟飯とあの娘との恋愛のことを指しているのだろうが、そんなことに興味など全く無い。
「ほっとけと言っただろう。全く、女はこういう話が好きだな」
溜息が出る。女という生き物はどうにも恋愛事というものが好きらしい。この妻もよくその手のテレビドラマを見ているし、カカロットの妻ともよくタレントの誰それの熱愛がどうとか、そんな話をしているようだ。
この間は悟飯とあの娘の話をしていたようだが。
「大好きよ?コイバナはね、いくつになっても楽しいものよ」
「コイバナ?」
初めて聞く言葉だ。自分もこの地球で暮らし始めて随分と経つが、未だに知らない言葉があるようだ。
「コイバナ。恋の話ってこと」
「そのまんまだな」
「そうよね」
ただ略しているだけか。そもそもこのような話には興味はない。ここまでウキウキとなれる妻……いや、女供の気持ちが一切理解できない。
「何でこんな話が好きなんだ女ってヤツは。って顔してる」
妻はケラケラと笑いながら言った。
確かにその通りなのだが、心の中まで読まれているようで居心地が悪い。
「何が楽しいのか理解できん」
「ま、そうでしょうよ。逆にアンタがこんな話に興味があったら気持ち悪いわ」
そう言って更にケラケラと笑う。
気持ち悪いとまで言うか。全くこの俺様を誰だと思っているのだ。
一瞬気を高めそうになるがグッと我慢する。
この女は自分に一切の遠慮もない。
今はこの惑星の住人になっている自分ではあるが、元来惑星ベジータの王子だ。本当ならばこんな女など、まともに口が利ける存在などではない。
しかしこの女は自分の妻になった。子も産んだ。だからだろうか、どんなことを言われてもそんなに気にならない。
いや、気に入らないことは気に入らない。だが許せるのだ。
不思議だと思う。そんな風に思うことが何だか昔の自分からは考えられない。
同胞であるナッパやラディッツであろうと気を許したことはない。自分のまわりには気の許せる存在などいなかった。
だけどこの妻は今まで出会った人間とは違った。明らかにどんな人間の誰とも違う。
妻となったから。子を産んだから。だからではない。
理屈ではない。自分でもわからないが理屈ではないのだ。
この女、いや、この人間というものが、自分にとって唯一無二の存在だと言える。
その一挙一動で自分のペースを乱し、自分の中に深く入り込もうとする。
だけどそれは決して不快なものではなく、どこかそうされることを望む自分がいる。
しかしこんなことを妻に言えるはずもない。
「ホントはね、他人のコイバナで自分のことをちゃんと見つめ直したいって気持ちもあるのよ」
「どういう意味だ?」
全く理解できない妻の言動に、思わず首を捻る。
「私だってステキな恋してんだからねって」
「……」
「孫君だって改めてチチさんに恋したみたいだし、私だって……ねえ?」
妻の言葉と満面の笑みに顔が熱くなるのを感じた。
何か言って欲しいだろうことはわかる。何かを期待していることも。
カカロットの野郎がいらぬことを言い出さなければこんなことにはならなかったのだろうが。
しかしいつかきっと、今庭にいる若い二人のお陰……というか二人のせいでこんなことになっただろう。
とりあえず本音を隠し、妻が諦めるまでそっぽを向いて受け流すことにした。
end