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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.18
空にはぽっかりと大きな満月。
月明かりが窓から差込み、明かりなど点けていなくとも手元は多少は見える。
突然現れた人造人間なる者に世界中は混乱の渦の中にある。
昔、ピッコロ大魔王が現れたときよりも酷い混乱振りで、ライフラインですらまともに機能していない状態だった。
チチと息子の悟飯が住むこのパオズ山にはまだ人造人間はやって来ていない。
元より自給自足のようなこの孫家では電気やガスなどのライフラインが止まったとしてもあまり困ることはなかった。
しかし、時折聞こえてくる人造人間の噂は、悟飯の心を掻き乱した。
悟空の仲間もみんな倒された。まだ幼かった悟飯は涙を堪え唇を噛むしかなかった。
だけど孫悟空という、戦うことに関しては天才的とも言えるサイヤ人の息子である悟飯。
彼の中の正義感と、孫悟空の息子というプライドと、自分の中に流れるサイヤ人の血が、悟飯を駆り立てた。
そのことくらい母親であるチチはわかっていた。
反対したい気持ちもある。母親として、息子を危険な目に遭わせることなど出来るはずもない。
しかし、彼は悟空の息子だ。
悟空の子であると同時に、彼は強い正義感の持ち主なのだ。
反対などしても無駄だ。きっと押し切って出て行ってしまう。
誰に似たのか意外にも頑固で、言い出したら聞かないところもあって。
そんな悟飯だから、一度決めたことは貫き通すだろうと思った。
チチはクローゼットの奥から、ずっと大事にとっておいた悟空の胴着を取り出した。
守ってけろ。悟空さ、悟飯を守ってけろ。
その胴着を胸に抱き、祈る。
一針一針心を込めて、祈りを込めて縫う。
山吹色の胴着に『飯』の一字。『悟飯』の『飯』の字。
あの人が誇りにしていた、亀仙流の胴着。
夫の胴着を悟飯が持ち出していたのは知っている。あの人の胴着を来て戦うつもりでいることはわかっている。
ならば夫のこの胴着にあの子の名を付けよう。
あの人と共に、息子のその名を、自分も背負って戦うために。
月明かりの中、チチは一針一針気持ちを込める。
夫のことも、いつもここで待つしか出来なかった。
夫の帰る場所を作ることが、自分の役目だと思っていたから。
今度は息子の帰りをここで待つ。
出来上がった胴着を抱き締め、視線を家族三人で撮った写真に向ける。
「悟空さ……悟飯を……守ってけれ……」
写真の中の悟空は微笑んでいる。
今の情勢には似つかわしくない写真の中の家族。
もうこの写真の中の家族は戻らないけれど、息子がこのような家族を作ってくれれば……。
その為には……平和な世の中が、何より必要なのだ。
チチは胴着を風呂敷に包み、窓から満月を見上げる。
今日、きっと、息子は旅立つだろう。
見上げる月が歪んで見えた。
どうか息子が、無事でありますように……。
溢れる涙が頬を伝った。
end