過去拍手SS

□Something Four
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 なにかひとつ古いもの(Something old)、なにかひとつ新しいもの(Something new)、なにかひとつ借りたもの(Something borrowed)、なにかひとつ青いもの(Something blue)。

 結婚式で花嫁がこの4つのものを身につけると幸せになれるという。

 それがSomething Four―。


『ねえビーデル?』
『何?』
『サムシング・フォーって知ってる?』
『サムシング・フォー?』
『なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの、なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの。これを持ってお嫁に行くと幸せになれるの』
『へえ、そうなんだ』
『ビーデルも悟飯くんとの結婚式のときはちゃあんと持っていくのよ』
『ちょっ、ヤダッ、何言ってんのよっ!?』

 そんな話をしていたハイスクールの青春時代。

 あのとき、友人は真っ赤な顔でたじろいでいた。

 この話をしたときにはもう彼女の心は彼のものだった。

 だけどまだ付き合う、という行為にまでは至ってはいなかったらしく、その後、『……そんなの、悟飯くんに迷惑よ……』と、聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな呟きを漏らしていた。
 私はしっかりと聞いていたが。

 その顔は真っ赤ながらに神妙で、『この格闘少女もついに恋に落ちたかあ』などと感慨深く思ったものだった。

 その後、彼女は彼と付き合うことになり、そして数年後、私たちは大学を卒業した。

 そんな彼女から呼び出された。

「あのね……」

 サタンシティのカフェで、と思ったのだったが、友人はどうしても自宅に来て欲しいと言った。

 何だか不思議に思いながらも友人の豪邸に赴き、彼女の部屋で差し向かいで話している。

「何?どうしたの?外がダメってことは深刻な問題?」
「深刻っていうか……」
「なあによ、はっきり言いなさいよー」

 珍しく言い渋っているその様子が何だかいじらしいのだが、早く話が聞きたいので急かしてやった。

「あのね……」
「うん」
「結婚……決まったの」
「…………マジでーーーー!?」

 彼女のだだっ広い部屋に私の叫び声に近い声が響き渡った。

「結婚っ!? 結婚って言った?今っ!?」
「う、うん……」
「もちろん悟飯くんよねっ!?」
「当たり前でしょっ!!」

 私たちはついこの間大学を卒業したばかりだ。それなのにもう結婚とは……。

「ちょ、ちょっと、展開早くないっ!?」
「悟飯くんも就職したし、だから結婚しようって……」
「だからってー!!」

 などと口では言ってはいるが、内心はそうでもない。この天然カップルは卒業と同時に結婚しそうだな、と友人のシャプナーとも話していた。

 なので大袈裟に驚いている振りをしているだけだったりする。

「普通就職して仕事にも慣れて、そんでもって適当に遊んでから結婚じゃないの?」

 まあ偏見ではあるし個人差であるが、自分はそうしたい性質だ。

「……悟飯くんはけじめはちゃんとつけたい人なのよ……私だって……ずっと悟飯くんと一緒にいたいし……」

 最後の方は真っ赤になって俯いて、小声で言った。

「それだけ〜?」
「……なによ?」

 不適な笑みでそう言うと、友人は怪訝そうな顔で見てきた。

「出来ちゃったんじゃないの?」
「へ?」
 キョトンとした顔になる。本当にわかっていないのか?

「だから〜出来ちゃった婚」
「……ちっ、違うわよっ!!」
「なあんだ。違うのか」
「イレーザッ!!」

 ついに真っ赤な顔のまま叫びだした。

 友人をからかうのは楽しいのだが、そろそろやめてやるとする。

「ごめんごめん。まあ悟飯くんのことだから就職決まって卒業したら結婚したいってずっと思ってたでしょうね。でも早いわね」
「……うん。ほら、彼のご両親の結婚も早かったし……」
「影響されてんのかしら?」
「別に早いとは遅いとか、彼には関係ないのかも」
「まあ悟飯くんだもんね」

 天然だけど人一倍人のいい友人の彼。まあ純真、という言葉も似合うのかも知れない。

 どうもご両親のことは相当尊敬しているみたいだし、多少の影響は受けているだろう。

「でもさ、向こうのご両親はともかく、アンタのパパは大変だったでしょ?」
「……うん」

 友人は心底うんざりって顔をして呻くように言った。

「向こうのご家族はすっごく喜んでくれたんだけどね。でもパパがね……」

 友人は一人娘だ。それも男手一つで育ててきたし、目に入れても痛くないほどの可愛がりようで。傍目以上に友人本人がうんざりしていたほどに。

 そんな娘が嫁ぐというのだ。一悶着あっただろうことは想像に難くない。

「怒るというより泣いちゃって……他の人なら大反対した上でぶっ飛ばしちゃうんだろうけど、悟飯くんにもおじさんにも恩があるもんだから……」
「恩?サタンさんが悟飯くんに?」
「あ!! ちょっとしたことなのよっ」

 友人は急に焦ったように見えたが、まあいいとする。

「それに悟飯くんって強いでしょ?悟飯くんほど強いとパパも反対するどころか『結婚するなら悟飯くんみたいな男にしなさい』……って感じだったんだけど……でもいざとなるとね……」
「複雑な男親の心境ってヤツね」

 早く幸せな結婚して欲しいと思いながらも、いざ結婚するとなると申し分ない相手でも難癖つけたがる人もいるようだ。
 まあ友人の父親は明らかにそのタイプだろうか。
 それに少しでも長く自分のものでいて欲しいという気持ちもあるもだろう。
 こんなに早く嫁ぐのだからほんの少し同情の余地もなくもない。

「でビーデル。結婚したらどこに住むの?もちろんサタンシティでしょ?」

 彼の職場はこちらの方のはず。だからこちらに住むのだろう。それにサタンシティなら彼女の父親も安心するだろうし。ただそうなれば毎日でも会いに来るかも知れないが。

「……実はね……パオズ山に……」
「ええっ!?」

 それには心底驚いた。確かに彼はハイスクールの頃から毎日実家から登校していた。今もそうだとは聞いていたが、結婚したらこちらに住むと思っていたのに……まさか……。

「ホントはね、彼はこっちに住もうって言ってくれたのよ。でも私があそこがいいって……」
「何でまた……」
「だって……都会に住むのって、悟飯くんがまいってしまいそうな気がして嫌だったのよ。彼はあそこにいるのが一番だって思えたから……」
「……健気ねえ……」
「からかわないでよっ!!」

 友人はまた真っ赤な顔で叫んだ。

 別にからかってなどいない。本当に健気だと思う。

 都会で生まれ育ったのに、いくら彼のためとは言え自ら好き好んであんな田舎に引っ込もうというのだ。健気以外に何がある。

「でもまあ、そりゃサタンさんが複雑な男親の心境を全開にするのもわかるわ……」

 蝶よ花よ(にはならなかったようだが)と育ててきた娘があんな遠くの田舎に嫁ぐのだ。そうそう会えるわけでもない。

「でも私は決めたから。パオズ山に住むって」

 友人は決意の篭もった目をした。

「……そっか……」

 これ以上何も言えそうにない。彼女の目を見ると、何も言えるわけなどない。

 それほどに彼を好きで、それほどに大事に思っているのだから。

「あたしたちもそう簡単に会えなくなるわね」
「そうね……でもパパがうるさいからしょっちゅう帰ってくるわよ」

 友人は苦笑にもとれる笑顔で言った。

「ホント、うるさそうよねえ〜」
「週末には帰って来いとか言うのよ。ホントたまんないわよ」

 うんざりとしているがどこかしら嬉しそうな顔。

「ねえビーデル。覚えてる?『サムシング・フォー』」
「ええ。昔イレーザに教えて貰ったのよね」
「あたしの方が先に結婚して、ビーデルの結婚式に何か貸すことになると思ってたのになあ〜」
「残念でした。でもね」
 
 友人はニッコリと綺麗に笑って言った。

「私がイレーザの結婚式で何か貸すからね」
「そうね。あたしも借りるならアンタになりそうね」


 それから数ヵ月後、友人は結婚式を挙げた。

 彼の母親が使ったというヴェールと新調した長手袋を身に付け、彼の両親の友人であるカプセルコーポレーションの社長から借りたハンカチ(彼ら夫婦は内縁ではあるらしいが)、裏に小さなサファイアが埋め込まれた結婚指輪と、きちんと『サムシング・フォー』を用意して。


 ウェディングドレスを着て、彼の隣で幸せそうに微笑む友人。

 ハイスクールの頃までは格闘少女で、恋なんか縁遠かったのに。

 今はこんなにも綺麗で、この世で一番輝いている。

「イレーザッ!!」

 ブーケが自分を目掛けて飛んでくる。

 ナイスキャッチというよりナイストスというくらいに正確に私の手元に飛んできた。

「次はあなたね」

 そう言って友人はウインクをした。

「まかせといてっ!!」

 
 次は絶対に自分の番にしてみせる。

 そしてそのときは友人に何かを借りよう。

 きっとそのときも、今と変わらず幸せだろう友人に。


 end

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