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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.21


「じゃあ行ってくんな」

 今日も新妻にそう言って地を蹴り筋斗雲に飛び乗る。

「いってらっしゃい」

 妻の声を聞きながら空高く舞い上がり、上空から地上の我が家を見やる。

 すると妻はまだこちらを見上げていた。
 
 チチと結婚してまだ間もない。

 誰かと一緒に暮らすというのは今までに何度かあった。

 この間まで神様の神殿で神様とミスター・ポポと暮らしていたし、以前は武天老師のところでクリリンとランチとも暮らしていた。

 しかしチチと一緒に暮らすというのは、今までのように誰かと一緒に暮らすこととは何かが違う、と漠然とではあるが悟空は感じていた。

 地上の自宅の前からこちらを見上げるチチの姿を見ていると、何だか胸の奥がむず痒くなる。

 チチが傍にいるだけで何だかソワソワするような気もするし、得体の知れない何かが湧き上がってくるような気もした。

 チチに触れられると、とても動揺する。

 神様の下で精神修行をしたので、ある程度のことには動じないと自負している。

 だけどチチが触れてくると、途端心臓が大きく跳ね、精神修行の意味も全く成さなくなる。

『は、離せって!!』

 そんなことを言ってしまい、結果チチの顔に翳りが生まれる。

 そんな顔を見てしまうと何だとても酷いことをしてしまったような気がして更に動揺してしまうのだった。

 こんな顔を見たいわけじゃない。こんな顔をさせるつもりもない。

 それなのに自分の中に湧き上がる何か。それはきっと、チチの顔をもっと曇らせ、泣かせてしまうことなのだと、悟空は何となくそんな風に思った。

 祖父を亡くしてから家族というものはいなかった。クリリンと共に修行をしていても『家族ではない』とどこか冷めた自分も存在した。

 だけどチチは『ヨメ』であり『家族』だ。

『これから、ずっと一緒だべ、悟空さ』

 結婚式のときに、隣でそう微笑んだチチに、悟空は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 だから『家族』であるチチがいなくなることなんてもう考えられない。

 子供の頃、祖父というかけがえのない『家族』を失った。

 唯一無二の祖父が急死し、悟空は初めて虚無感を味わった。

 しかし元々楽観的な性格なのか、そんな心境も日にちが経つにつれ薄れていき、祖父の形見の四星球を『じっちゃん』と呼び、祖父が死ぬ前にしていたように狩りをしたり身体を鍛えたり、だんだん元の生活に戻っていった。

 そのうちブルマがやってきて外の世界に飛び出し、いろんなものを見て感じて、師匠に出会い、クリリンに出会い、いろんな人に出会ってたくさんの悪いヤツも倒してきた。

 このパオズ山の外の世界は広くて強いヤツもたくさんいて、この世界とは何て大きいのだろうという充実感はあった。

 しかしながら時折出会う他の『家族』。そんなときにふと『自分は本当に独りなのだ』と心のどこかで思ったこともあった。

 だがこの間の天下一武道会で再会したチチは自分の『ヨメ』となり、『家族』となってくれた。
 それによって今までに出会った強いヤツの一人である牛魔王が父親になった。

 悟空は戸惑いながらも嬉しかった。世界でたった一人だと思っていた自分に一度に『家族』が二人も出来たのだから。

 だけど時折自分の胸の奥に渦巻く不思議な感情。

 それを解放してしまうとチチが自分の元から去ってしまうのではないだろうか……。

 悟空はそれを思うと何だか居たたまれない気持ちになった。

 どうしていいいのかわからない。どうすればお互いに複雑な気持ちを抱かなくてもいいのかわからない。

 悟空はそんな持て余し気味のこの感情を抑えるように、更に修行に没頭した。

 しかしながら腹は正直なもので。太陽が空の頂点に届く頃、悟空は自分の腹の音に我に返った。

「……腹減った……」

 その途端に自覚する空腹。

 悟空は一旦修行を中断して、チチに持たせて貰った弁当を開いた。

「ひゃあっ!! 美味そうっ!!」

 悟空は感嘆の声を上げてチチお手製の弁当を食らいつく。

 普通の人間の五人前はあったのだろうか。その弁当も一瞬のうちに悟空の腹の中。

 こうして食べる弁当も本当に美味いのだが、チチと一緒に食べる食事の方が幾倍も美味く感じるのは何故なんだろう。


「美味かった!!」

 ゴロンと横になり、空を見上げる。

「こんなカッコしてちゃあ、チチに怒られんな」

 思わず笑みがこぼれる。

 そう言えば最近、こういうふとしたときにチチのことを思い出したり考えている時間が増えたように思う。

 自覚した途端、顔が熱くなった。

「……なんか……調子出ねえなぁ……」
 
 何となく赤くなった顔を誤魔化すように呟く。


 今までに感じたことのなかった感情。それはチチにだけに抱く感情。

 チチから離れればこの感情に自分のペースを乱されなくても済むかも知れない。そんなことを考えたこともあった。

 しかし、それも出来なくなってしまっているほどにチチを必要としている自分もいる。

 何もかも矛盾している、と漠然と思う。

「……わけわかんねえよなぁ……」

 横になったまま、空を見上げる。
 

 いつか、どこまでも澄み切ったこの空のように、自分たちの心が晴れる日は来るのだろうか?

 そう遠くはない未来、その日が来ることを信じて。


「よし!! 修行始めっか!!」

 悟空は複雑な思いを振り払うように勢いよく身体を起こした。


 end
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