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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.22


「悟空さーっ!!」
「チ、チチ!?」

 三年後にやってくるという人造人間を撃退するために、悟空と悟飯、そしてピッコロは共に修行をしていた。

 今日はクリリンもパオズ山まで来ていて、三人の修行に参加していると、急にチチの怒号が聞こえた。

 ピッコロと悟飯の組み手をクリリンと共に地上で見ていた悟空は、その声に振り返り、顔色を変えた。

「悟飯ちゃんのお勉強の時間さ過ぎてるでねえかっ!? ちゃんと時間さ守れって言ったでねえかっ!!」
「す、すまねえっ!!」

 悟空は詰め寄るチチに仰け反り、悟飯とピッコロは『しまった』という風な顔をしている。

「ピッコロッ、おめえがついていながら何してんだべっ!?」

 どうも怒りの矛先がピッコロにも向けられたようだ。

 空中に浮いているピッコロに地上のチチは怒鳴ると、あの恐怖の大魔王の身体が僅かにすくんだ。

「約束は守るためにあるんだべっ!! 破るためにあるんでねえぞっ!!」
「……今後気を付ける」

 困惑するピッコロのその様子に、ピッコロも悟飯のスケジュールは守らされているのだとすぐにわかった。

 すると慌てて地上に降りてきた悟飯は「ごめんなさい」とチチに謝罪し、そのまま二人で連れ立って帰って行った。

 三人は二人を見送ると、ピッコロは「少し休憩する」と言って森の方へと消えた。

「ハハハ、あのピッコロもチチにかかっちゃ形無しだなあ〜」

 悟空は楽しそうに笑うと、ドカッっと木の根元に座り込んだ。

 クリリンもそれに倣い、悟空の正面に腰を下ろす。

「あのピッコロが何も言い返せないなんてな」
「だろ?オラも見てっとおもしろくってさ」

 悟空は何だか楽しそうに笑っていた。

「チチさん、相変わらず厳しいなあ」

 チチの剣幕にクリリンは思わず背中に冷や汗が流れるのを感じた。初対面のときに感じた、「かわいい」というイメージは微塵もない。

「まあな」
 
 悟空はそう言って相変わらず笑みを浮かべている。
 
 クリリンはそんな悟空の様子を不思議な面持ちで見ていた。

 あんなにも叱られ、怒鳴られていることに悟空は何も思っていないのだろうか?

 クリリンはそんな疑問を悟空にぶつけてみた。

「……なあ悟空。お前さ、あんなにチチさんに怒鳴られてさ……その……嫌になんないのか?」
「嫌に?何がだ?」

 悟空は目を見開いてクリリンの顔を見ている。

「いや、だって、毎日毎日あんなにも怒鳴られてんだろ? チチさんって思ったよりキツイしさ、あんなチチさんから逃げ出したくなんないのかな?って思ってさ……」

 クリリンは俯きながらも、思い切ってそれを口にした。

「思わねえぞ? そんなこと考えたこともねえや」
「そうなのか?」
「ああ。たまに耳が痛くなるほど怒鳴られっけどさ、別に嫌じゃねえんだ」

 悟空は苦笑しているが、何だか嬉しそうにも見えた。

「オレだったら逃げ出しちまうよ。あんなに怒鳴られちゃさ」
「他のヤツはそうかも知んねえな。でもさ、オラはチチに怒鳴られってっと、ここはパオズ山なんだって思えるんだよな」

 悟空はそう言うと仰向けに寝転んだ。

「どう言うことだ?」

 クリリンは首を傾げた。

「だってよ、チチの声がすんのはパオズ山だろ?」
「そう……だな」
「チチの声がすっからさ、ああここはパオズ山なんだ、オラ、パオズ山にいるんだって思えるんだ」

 悟空何だか遠い目で空を見ていた。

 結婚してからあの世や、更に宇宙にまで行った悟空。

 ここに帰って来たくとも、帰って来れないことが何度かあった。

 どんなにチチに怒鳴られても、それが逆にパオズ山にいるという実感できる。

 あの世でも宇宙でも、チチの声は想像の中でしか聞くことが出来なかったのだから。

「……そっか……」

 クリリンにはわかるようなわからないような、そんな気持ちではあった。

 しかし空を見上げる悟空の表情は微笑んでいて、何だかとても幸せそうに見えた。

 悟空という人間は強くなることと強い相手と戦うことでしか幸せを見出すことができないと思っていた。

 だがチチという人間と出会い、伴侶となり子供を得て、一端の人間の幸せを手にした。悟空はそこに幸せがあることを知った。そう思えた。

 自分には味わったことのない幸せを悟空は感じている。


「それにさ、チチって何にでも一生懸命なんだ」
「え?」

 唐突に口にされた言葉。一生懸命。

「アイツ、天下一武道会に出ただろ?あそこまで行くにはずっげー修行したんだって牛魔王のおっちゃんが言ってたんだ。そんでもって料理も勉強も一生懸命したんだって」

 悟空は木々の隙間から顔を覗かせる青い空を見つめて言った。

「アイツさ、何にでも一生懸命なんだ。オラたちの世話も、悟飯の勉強のことも。だからついキツくなっちまうんだ」

 一生懸命であるが故に。

 一生懸命だからこそ、言い方もきつくなってしまうし、性格上こうと決めたことには妥協を許さないのだろう。

「……そう……なのか」
「おう」

 そう思うと見方が随分と変わってくる。

 チチは悟空のために天下一武道会にまで出場した。

 それに悟空という破天荒な人間の妻でいることはいかに大変か。普通の女であれば逃げ出しているかも知れない。

 だけどチチという女は逃げ出すどころか地に足つけて、いつでも風のような孫悟空という男の妻であろうとしている。

 死んだり宇宙に行ったりするような男であるのに、それでも逃げずに悟空をここに繋ぎとめておこうとしているのだ。

 それにあの悟空の子が、このような山奥にも関わらずあれだけ礼儀正しく勉強好きな子に育っているのも、きっとチチのお陰なのだろう。

 悟空もそのことをちゃんと理解している。

 チチの一生懸命なところも、健気なところも。一番悟空が見ているのだろう。

 多少厳しくても、悟空にとっては帰るべき場所なのだ。

「……そっか。すごいんだな、チチさんて」
「ああ……てかクリリン」
「なんだ?」

 悟空は身体を起こし、急にその顔を険しくさせた。

「……クリリン、オメエ……チチに惚れてねえだろうな?」

 悟空にしては珍しく、その声音は低音で。

「な、何言ってんだ?悟空」

 何だか妙に気が高まっている気がするのは気のせいだろうか?

 そのいきなりの悟空の発言に困惑し、うろたえるクリリンを悟空は睨みつける。

「んなワケあるかっ!!」
「ホントか?」
「ホントだよっ!!」
「じゃいいや」

 急にその高まった気が先程のような穏やかな気へ戻った。

(……なんだったんだ? 今の……?)

 チチのことを可愛いと思ったのは昔のこと。確かに今でも綺麗だとは思うが、今では悟空の妻で悟飯の母親(教育ママ)でしかない。

(悟空のヤツ……意外とやきもち焼きなのか?)

 そう思うと少しおかしくなった。でも嬉しくも思う。

 どこか冷めていると思っていた悟空がここまで一人の人物に執着している。悟空が執着するのは祖父の孫悟飯だけだと思っていた。

 風のような悟空が必ず帰る場所。それがパオズ山であり、チチのところなのだ。

「それにしてもチチさん、何かすっげえ怒ってねえか?」
「ああ、きっと夕べ超サイヤ人になっちまったから機嫌がわりい……あっ!!」

 しまった、と言わんばかりに口を噤む悟空をクリリンは訝しむ。

「何だ? 家のものでも壊したのか?」
「え、いや……めえったなぁ、こういうことはぜってえに言うなってチチに言われてんだよなぁ……」

 頭をガシガシと掻き、悟空はばつの悪そうな顔をした。

「……へ?…………あっ!!」

 何かに気付いたクリリンはこれでもかというほど真っ赤な顔で俯いた。

(なんだよっ!! 何だかんだ言って仲いいんじゃないかっ!!)

 悟空が超サイヤ人になったのはきっと夜、夫婦の時間なのだろう。

(ちくしょう……羨ましいなぁ……でも……)

 クリリンはまだばつの悪そうな顔で頭を掻く悟空の顔を見る。

(やっぱいいよな、結婚って)

 ほんの少しの羨望と嫉妬。

 でもそれ以上の安心感。

 チチが悟空の傍にいてくれて本当によかったと思える。

 きっと、悟空をここに止めてくれるのはチチなのだ。

 クリリンはチチの感謝して、空を見上げる悟空を見て微笑んだ。


 end
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