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□空を見上げて (DB)
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空を見上げて vol.25
パオズ山の奥深く。
「待ってっ!!」
悟天は野ウサギを追いかけていた。
「待ってってば!!」
野ウサギは悟天の声などお構いなしにどんどんどんどん森の奥へと入っていく。
とにかく野ウサギと遊びたい悟天は、野ウサギを追いかけていく。
「つかまえたっ!!」
野ウサギを捕まえた悟天はそのまま野ウサギを抱き上げる。
最初は抵抗をしていた野ウサギも、悟天に邪気がないことを感じると抵抗せずに大人しく抱かれている。
そのフワフワの毛の感触に悟天の頬は緩む。
「気持ちいいね〜」
悟天はその身体に頬擦りする。
野ウサギもすっかり悟天に慣れたようで、草の上に寝転ぶ悟天の周りをピョンピョンと跳ねる。
するとパオズ山に住むいろんな動物が顔を出してきた。
悟天と遊んでいた野ウサギの家族と思われる数匹の野ウサギ。キツネの親子に子熊。
小鳥にリスにいろんな動物。
「みんなも来たの?」
悟天がそう言うと、動物たちは悟天の傍までやって来た。
子熊は悟天の顔を舐め、悟天はくすぐったそうに身を捻った。
悟天は動物に好かれやすい性質だった。
それは兄も。そして死んだ父も。
悟天がもっと小さい頃、兄に連れられてよくこの森に来た。
そのとき兄が悟天を抱いて地面に座ると、どこからともなくいろんな動物が出てきて、悟天たちのまわりを囲んだ。
中には猛獣もいたが、兄の友達なのだろうか、他の動物を襲うでもなく一緒に兄の傍にいた。
『ほら悟天、怖くないだろ?』
兄に撫でられ喉を鳴らす虎の頭を、悟天は恐る恐る撫でる。すると虎は悟天の顔を一舐めした。
おっかなびっくりの悟天を見て、兄は楽しそうに笑った。
『ホント、悟天はお父さんにそっくりだね』
親熊のお腹を枕に、子熊たちと並んで寝ていると兄がふいに口を開いた。
『おとうさん?』
『そうだよ。お父さん。悟天は本当にお父さんにそっくりなんだ。見た目もだけど、こんな風に動物たちとすぐに仲良くなれるところとか』
そう言って笑った兄の顔が、何だか少し寂しげに見えた。
悟天が生まれる前に死んだという父。
詳しいことはよくは知らない。ただ、悪いヤツと戦って、この地球を守って死んだんだということだけ。
悟天とそっくりな容姿を持ち、強くて優しくて、とにかくこの空のような人だったということだけ。
もっともっと、父の話が知りたかった。だけど、そのことを口にすると、母も兄も困ったような、悲しげな顔で笑った。
『悟天がもっと大きくなったら、そのときは詳しく話してあげるよ』
いつになったら父の話を聞けるのだろう。
もっともっと大きくなって、もっともっと強くなったときだろうか?
兄にも母にも守られなくて済むようになったときだろうか?
父に恥かしくないような、立派な男になったときだろうか?
ゴロンと仰向けになり、木々の隙間から覗く青い空を見上げる。
兄に父がいるというあの世がどこにあるのかと問うたとき、兄はごめんねと謝った。
兄の師匠に父に会いたいと言ったとき、兄の師匠は会えるのは天寿を全うしたときだと言った。
あのときはよくわからなかったけれど、今はわかる。
それは死んであの世に行かないと会えないということだ。
それまで何十年、どれだけ長い時間かはわからない。
でも、それまでに偉大だったという父に恥じない男にならなければならない。
「ぼくも、おとうさんとか兄ちゃんみたいに強くなれるかなあ?」
誰に言うともなしに呟く。
いつか。
父に会えるその日が来たとき。
父の息子であることを、父に誇らしく思って貰えるような男になれているだろうか。
「……ぼく、帰るね」
急に立ち上がる悟天の顔を動物たちは訝しげに見上げる。
「ぼく、兄ちゃんやおとうさんみたいにつよくなるんだ!! 今はトランクスくんにも負けちゃうけど、今度はぜったいに勝てるようにしゅぎょうするんだ!!」
強くなりたい。
兄のように。母を守れるように。
孫悟空の息子であることを恥じぬように。
悟天は父がいるだろう空を見上げた。
end