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□空を見上げて (銀魂)
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空を見上げて(銀魂) vol.2 青空


 雑貨屋の店先でかわいい簪を見つけた。
 赤やピンクの花がついた花簪。
「……可愛い」
 妙はそれを手に取るも、すぐに元にあった場所に戻した。
(可愛すぎるわよね……)
 まわりを見れば、店は同じ年頃の娘たちで溢れ返っている。
 だけど、自分だけ浮いているような気がした。
 何となく居たたまれなくなって、妙は店から立ち去ろうとした。
「なにやってんの?」
 聞き覚えのある低い声。
 妙が振り向くと、少し離れたところに銀髪の男が気だるそうに立っていた。
「……銀さん……」
 銀時は妙に近付くと、妙の背後を覗き込む。
 そこには先程妙が見ていた簪と一緒にいろんな種類や色の簪が数多く並んでいる。
「買うの?」
 銀時は簪を指差した。
「いえ、こんな可愛い物ばかりですもの。私にはもう子供っぽいでしょ?」
「そうかねえ……?」
 銀時は興味なさげに顎を擦りながら呟くも、ジーッと簪を見ている。
 こんなに可愛らしい簪を見ていたと思われたことに、妙は何だか恥かしくなった。
 早々に立ち去りたい気分になった。
「銀さん、もう行きましょ」
 銀時を促して立ち去ろうとすると、銀時はその中の一つに手を伸ばした。
「それ……」
 銀時が手にした簪は先程妙が手に取っていた花簪。
「これ、お前に似合うんじゃねえの?」
 銀時はそう言って妙に簪を差し出す。
「……可愛らしすぎるわ」
 何となく目を逸らし、妙は受け取ることを拒否する。
「そんなことねえんじゃねえの?てかこれくらいでいいんじゃね?」
「……だって……」
「……お前、これ欲しいんじゃねえの?」
「え? 見てたんですか?」
 先程この簪を見ていたところを見られていたのだろうか?そんなに物欲しそうな顔をしていたのだろうか?
「何にも見ちゃいねえけど、何となくお前はこれが欲しかったんじゃねえのかな?って。違った?」
 ドキンと心臓が跳ねた。
 この男は相変わらずやる気のない目で何でもない風にそう言っているけれど、妙がこれを欲しがっているとどこか自信満々な物言い。
 そんな銀時の言葉に、妙は思わず首肯した。
「……違いません」
「じゃあいいじゃん」
 銀時はそのままその簪を店員に渡した。
「銀さん!?」
「今日銀さんリッチなの。新台当たっちゃって」
「なら新ちゃんのお給料払って下さい」
「まあ、それとこれとは……」
 視線が宙を泳ぐ。背中に冷たい汗が流れる。
「んだと、このマダオ」
 ほらきた。銀時は頬を引きつらせる。
「まあまあ……てか欲しいんだろ?」
 誤魔化すように話を逸らすと、意外にも妙はそれ以上は言及せずに銀時の問いかけに素直に答えた。
「……ええ……」
(えらく素直じゃね?)
 銀時はそんな妙に口元を緩めると、財布から金を出した。
「そんなに高いモンじゃねえしさ。ほら、アレだ。日頃の礼だ」
 お前にはいろいろ世話になってるからよ。銀時はそう付け足す。
「銀さん……」
 店員に金を渡し、簪の入った小袋を受け取ると、そのまま妙に突きつけた。
「ほらよ」
「ありがとうございます……」
 妙はそれを受け取ると小袋の中に入っている簪をなぞった。
「欲しいと思ったモンはそん時に手に入れなきゃ、次にはもうねえかも知んねえだろ?」
 歩きながら少し妙の方を振り向き、銀時は当然のように言った。
「まあ欲しくても手に入れられねえモンの方が多いんだけどよ」
 と、付け足したが。
「……本当はダイヤモンドが欲しかったんですけど……」
「それはさすがの銀さんも無理だわ」
 銀髪をクシャクシャッと掻き、銀時は苦笑した。
「……本当にありがとうございます」
 悪態を吐きながらも素直に礼を口にする妙を見下ろして口角を上げる。
 何だか嬉しそうに簪を手にする妙が何だかいつもより幼く見えた。
「……お前、これ可愛すぎるって言ったけどよ、お前もまだ十代の小娘なんだからさ、それくらいのモンつけたっていいんじゃね?」
「小娘は余計だ」
「いや、その……あ、なんだ、その……」
 妙に凄まれて銀時はしどろもどろになったが、ふう、と大きく溜息を吐くと口を開いた。
「てか俺が言いたいのはぁ、道場の復興だか何だかで気張りすぎちまって同じ年頃の女よりも老けちまってるんじゃねえかとか、余計なこと思ってんだろ?ってことだ」
 銀時は妙の鼻先に人差し指を突きつけた。
 図星だったのだろう。妙は少し頬を赤らめて目を逸らした。
「……そんなこと」
「ない……てか?ま、お前ならそう言うだろうとは思ってたけどよ」
 銀時はその天然パーマをガシガシと掻いた。
「お前が無理してることくれえ、いつもお前を見てりゃあわかるっての」
「え?」
 銀時のその言葉に、妙の鼓動が早くなる。
(いつも?)
 逸らしていた視線を銀時に向ける。
 銀時は視線を上に向けたまま、まだ頭をガシガシと掻いている。
(……深い意味は、なさそうね)
 どこかホッとした気持ちと残念だと思う気持ち。
 複雑な気持ちだけれど、わかってくれている人がいるという嬉しい気持ち。

 両親を早くに亡くし、弟と道場の復興のためにこの青春のほとんどを費やしたと言っても過言ではない。
 今もキャバクラで働いて、ここにいる女の子のような丈の短い着物を着ることも髪に大きな簪や飾りをつけることもない。
 別にそれでいいと思っているのだが、やはり同じ年頃の子たちよりは年長に見られることは否めない。
 そんな自分が時々虚しく感じることも、正直なところ無くの無いのだ。
 隠したそんな気持ちも、今目の前にいるこのマダオは見抜いていた。

 妙は何だか胸が熱くなるのを感じた。
 胸だけではなく顔も熱くなっているようにも思う。
 なのに銀時はそんな妙の胸中を知ってか知らずか、
「それっくらい可愛らしいモンも似合うぜ。女の見る目がある銀さんが言うんだから間違いねえぜ」
 と、さらりと何でもない風に言ってのけた。

 途端、妙の顔から火を発したように熱くなった。
 まるで殺し文句じゃない。さっきの言葉だって……。
 妙は照れていることが銀時にバレるのが何だか癪で、目線を下げて誤魔化すように口を開いた。
「……銀さん程度の目じゃ不安だわ……」
「百戦錬磨の銀さん捕まえて何言ってくれちゃってんの?」
 銀時は胸を張って言う。
「百戦錬磨ですか……」
 妙は眉根を寄せつつも口角を僅かに上げ、フッと嘲笑する。
「何その顔?もしかして疑ってんの?こう見えても銀さんも昔はねーっ……」
「銀さん、夢は寝て見るものですよ」
 ニコリと笑う。
「あのなあ……」
 銀時は大きく嘆息した。

「……でもね……」
 突然の妙の呟きに、銀時は妙に視線を落とす。
 妙は銀時を真っ直ぐに見据えて言った。
「銀さんだけでも……似合うって言って下さるなら……嬉しいです」
 満面の笑みを銀時に向けた。
(お?素直じゃん)
 銀時はニヤリと笑った。
「そうか?」
「はい」
「ならよかった」
「はい」
 
 銀時の笑みが何だか嬉しそうに見えたのは気のせいじゃないと妙は思いたかった。
 
 気まぐれだと思うけれど、銀時からの思いがけないプレゼント。
 確かに欲しいものだったけれど、こんなに嬉しいのはきっとそれだけじゃない。
 簪も銀時のその言葉も、妙にとっては思いがけない最高のプレゼントだった。


 妙は銀時から手渡された簪の入った小袋を胸のところで大事そうに抱えて、前方を歩く銀時の背中を追う。

 相変わらず気だるそうに、少し目線を上に上げて歩く銀時に倣い、妙も目線を上げてみた。
 そこには澄み切った青空。

「いい天気だなぁ〜」
 眩しそうに空を見上げる銀時の隣まで追いつき、妙も空を見上げた。
 目の端に映った銀時の銀髪が日の光にキラキラと光って、とても綺麗で。
 何故だか妙の心臓の鼓動が早くなった。
「そ、そうですね」
 そんな自分を誤魔化すように、妙は銀時の言葉に同意した。

 何か糖分足んねえなぁ……などと、呟きながら歩く銀時に思わず笑みがこぼれる。

(誘ってるつもりなのかしら?)

 妙は銀時にわからないようにクスリと笑う。

「銀さん」
「ん?」
 興味なさげに見下ろす銀時に妙はとびっきりの笑顔で言った。

「パフェ、食べたくありません?」

 なら私から誘おう。

 思いがけないプレゼントをくれたあなたを―。


  end
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