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□空を見上げて (銀魂)
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空を見上げて(銀魂) vol.5 涙雨


『今日はこっちに泊まりますんで』

 いつものようにそう電話してきた新八の様子に、いつもと違う何かを感じた。

 妙は仕事が休みであることもあり、新八の着替えを持って行くという名目で何となく万事屋へ行ってみようと思った。
 玄関を出ると昨日から降っていた雨が止んでいた。
 空を見上げるとまだ曇っていたので、一応傘を持って出かけることにした。

「あら?神楽ちゃんどうしたの?そんなマダオな格好して」
 妙が万事屋に入ると、妹分のような少女が弟の雇い主の男の独特な服装をしていた。
「チチチッ姉御。今は神楽ちゃんじゃナイネ。グラちゃんネ」
 少女はそう言うと雇い主の机に足を投げ出し、酢昆布を咥えてふんぞり返ると椅子からずり落ちそうになった。

「あらあらそうなの、今はグラさんなの。でもねグラさん、そんなマダオな格好をしてると人生捨てることになるからおよしなさい」
「そうアルカッ!? あんなマダオになるアルカッ!? すぐに着替えるアルッ!!」
 グラさんこと神楽は、着替えるために慌てて部屋から飛び出した。

「神楽ちゃん、どうして銀さんの格好なんてしてるの?」
 妙は弟の新八に着替えを渡しながら訊ねた。
「前に三人とも風邪で寝込んじゃったことあったでしょ?」
「そう言えばあったわね。確か最初に銀さんが倒れたのだったかしら?」
「そのときに銀さんの格好をしてグラさんになって依頼解決……ってほどじゃなかったけど、とにかく、それで銀さんが倒れたらグラさんになりたがっちゃって」
 新八は苦笑しながら言った。
「銀さん倒れちゃったの?」
 妙は顔を曇らせた。
 すると弟の新八は今は閉じられた和室の襖を指差し、
「銀さん、今朝ずぶ濡れになって帰って来たんですよ。それで風邪ひいて寝込んじゃって」
「そうだったの?」
「ええ。熱は大分下がったんですけど……それでもまだ高くって……」
「まあ……」
 妙はふと閉じられた襖の方を見やる。
「朝まで飲んで酔っ払って傘どっかやっちゃったとか言ってましたけど……」
 いつもだったら立腹しながら言う台詞だった。しかし、いつもとは違う新八の様子に、妙は新八の言葉を待った。
 すると新八は銀時に聞こえないように、小声で話し出した。
「……多分銀さん……一人で何か片付けてきたんだろうと思うんです。小さいけど、傷も結構あるし……お酒の匂いなんて一切しなかった」
 この間、魔死呂威組の組長の息子の引きこもりを何とかして欲しいという依頼がきた。
 組長が死ぬとき、銀時は一人で何かをしていたようだった。きっとそのとき、危険なことに巻き込まれたのかも知れない。

 銀時は時々、新八や神楽に黙って行動することがある。
 そういうときは大体一人でも片付くと踏んだときか、子供たちを巻き込みたくないと思ったときだ。
 今回はどちらかわからないが、怪我をしているところをみると相当危険な目に遭っているはずだった。

「……ホント、馬鹿な男ね」
 妙は銀時のそんな心情を理解していた。子供たちを巻き込みたくないと思う気持ち。
 自分もそうだ。危険なことは出来る限りこの子たちを巻き込みたくない。自分もきっと同じ行動をするだろう。
 新八も何かを感じている。神楽もきっと、場の空気を和ませるためにあのような格好をしているのだろう。

「あ、そうだ。姉上銀さんのこと看てて貰ってもいいですか?冷えピタがなくなちゃって。ついでに買い物もしたいんで神楽ちゃんと行ってきます」
 何となく重くなった雰囲気を打破するように新八が明るい声音で言った。
「いいわよ」
 妙が快く引き受けると、新八の顔にも笑顔が戻った。
 すっかりいつもの服装に着替えた神楽を伴って玄関まで行くと、姉が行ってらっしゃいと見送ってくれた。


「なあ新八……」
 定春に乗った神楽が新八に遠慮がちに聞いた。
「何?」
「……銀ちゃん、大丈夫アルカ?」
 不安そうな神楽の瞳は揺れていた。
 神楽も銀時が何かを隠していることは気が付いている。
 酔っ払って傘を忘れたなどと、そんなわかりやすい嘘まで吐いて。
 何かあったことくらいわかる。

 俯く神楽に新八は言った。
「大丈夫だよ。姉上がついてるから」
 この少女の不安を払拭するように。そう自信に満ちた声音で。
 僕たちに出来ないことでも、姉上なら……。
 新八には何故かそう思えた。
 ちょっと癪だけど、どこか似ているところがある二人だから。
「そうアルナ」
 新八の意図を読んだかのように神楽は笑顔になった。
「そうだよ」
 そんな神楽に新八も笑顔で返した。


 妙は和室の襖にそっと手をかけた。

「銀さん?」

 妙は襖の隙間から中を覗くと、銀時が苦しそうに眉根を寄せ、寝込んでいた。

(かなり酷そうね)

 襖を開け、中に入ると銀時の布団の傍に座る。
 汗を掻き、苦しそうに息をする銀時の頬に手を当てる。
 顔にも小さな傷がたくさんある。

 あなたは一人で何と戦ってきたの?

「……マダオマダオって、オネーサン酷くね?」
 すると銀時の掠れた声がした。
「銀さん、起きてたんですか?」
「起きたんですぅ……」
 あんだけ悪口聞こえちゃねえ……と、いつもやる気のなさそうな目を薄っすらと開けて呟いた。
「あら?本当のことでしょ?」
「……まな板……」
「んだとコルァ、今すぐその息の根止めてやろうか?」
「すみません…・・・冗談です。熱で浮かされたんです。本気じゃありません」

 銀時は思わず防御のために顔まで布団を被る。
 すると、その布団をずらされた。
 殴られるっ、そう思い目を瞑ったとき、先程頬に感じた同じ感触が、再び頬に感じた。

「……お妙?」
 訝しんで目を開けると妙は心配そうな顔で銀時の頬に手を当てていた。

「ただでさえマスクをしているのに、お布団顔まで被ったら余計息がしにくなるでしょ?ちゃんと息が出来るように顔は出していて下さいな。咳が止まらなくなってしまいますよ」
「……はい」

 思わず素直に頷いていた。
 何だか調子が狂った。熱があるからかも知れない。でも何だか少し違う気もする。

「今日はえらく優しいじゃねえの?」
「何をおっしゃるの?私はいつも優しいでしょ?」
 ニッコリと笑う妙の笑顔が夜叉が見えたのは気のせいだろうか?それとも熱のせいだろうか?

 俺も昔は白夜叉とか言われたけどね、コイツのが夜叉じゃね?

 そんなことを思いながらも銀時はニヤリと笑い言った。
「添い寝、してくれねえの?」
「調子に乗んじゃねえぞ、この天パが」
 妙は先程と同じ笑顔のまま、銀時の頬を思いっきり抓った。
「イテテテテッ、俺が悪かった!!」
 手を離すと銀時の頬が熱とは別に赤くなっている。銀時は頬を痛そうに擦りながら小さく呟いた。
「ちょっと言ってみただけなのによ……」
「そんなに添い寝が必要なら猿飛さんか月詠さんにして頂いた方がよろしいんじゃなくって?お呼びしましょうか?」
「冗談じゃねえよ」
 眉根を寄せて心底嫌そうな顔をする。
「黙ってても添い寝くらいして下さるでしょうに」
「アイツらがいちゃ落ち着いて寝ていられねえだろうが」
「お二人とも私と違って巨乳ですものね。添い寝なんてして貰ったらそりゃ落ち着かないでしょうね?」
 笑っているがどす黒い笑顔。少し殺気を感じるのは気のせいか?
「そーゆー意味じゃなくってっ!!……てか何?優しかったり毒吐いたり?ひょっとしてヤキモチ?」
 ニタッといやらしい笑みを浮かべて言ってみれば、
「何で私があなたたちに妬かないといけないんです?熱出てるからって調子に乗んじゃねえそ、このクソマダオが」
 笑ったまま凄まれた。
「……ですよねぇ……」
 先程の幻覚とは違い、今度は明らかに夜叉を背負っている。
 銀時は本気で恐ろしくなって、大人しく引き下がった。

(……やべえなぁ……また熱上がっちまったか……?)
 何だかボーっとしてきたように思う。
「あら?また熱が上がったのかしら?」
 妙も銀時の様子に気が付いたのだろう。またも頬に触れてきた。
(半分はお前のせいだと思うんだけどね……)
 思っていても口には出さない。いや、出せない。

 それにしても……。

「……お前の手、冷たくて気持ちいいな」
「え?」
 目を瞑り、気持ち良さそうに呟く銀時の表情は今まで見たことのないような表情だった。
 子供のようなマダオなのに、今は本当の子供のようで。

「……なんか安心する…・・・お前の手……好きだな……」

 銀時はそう言って妙の手を掴んだ。

 心臓が跳ねた。手の冷たさと裏腹に、妙の顔はみるみる熱を発しているかのように熱くなる。

 自分のことを好きだと言ったわけじゃないのに。手が好きだって言っただけなのに。
 どうしてこんなにもドキドキするのだろう。

「銀さん……」
 銀時を見ると先程の苦しそうな息遣いが少し安定したものへと変わり、規則的な寝息へと変わった。
「寝ちゃったの?」
 少し呆気にとられた。でも同時に何となく安心した。
 赤くなっているだろう自分の顔を銀時に見られるのは無性に恥ずかしかったから……。

 妙はジッと銀時の顔を見た。先程とは違い、少し楽そうにも見える。
 
 でも何となく今日の銀時は少し違ったように感じた。
 ひょっとしたら、また大事な何かを失ったのかも知れない。

「昨日の雨は……涙雨ですか?」
 
 返事がないのはわかっている。
 だけど、聞かずにはいられなかった。

 新八の話からしても、この人はまた傷付いた。
 傘もなく、ただ雨に濡れて、この人はきっとまた、自分を責めた。

 妙の手を掴んでいる銀時の手をそっと離し、代わりに妙がその手を握った。

 節くれていて硬い手。昔、相当剣術で打ち込んだのだろう。
 決してさわり心地のいい手ではないかも知れない。

 でも。

「私も、あなたの手が好きですよ、銀さん」
 妙はそう呟いて、そっと銀時の手に口付けた。

 この手は今までたくさんのものを守ってきた手だ。

 新八も、神楽も、そして妙も。

 この手に守られてきた。救われてきた。
 これからもたくさんのものを守っていくのだろう。
 だけどその分、自分が傷付いてきた人の手だ。だから。

 この手を守る人間になれたら……。

 妙は銀時の手を握る手の力を強める。
 

 手を握ったまま眠っている銀時の顔を眺める。元々端正な顔立ちをしている。眉毛と目の間隔が狭ければ間違いなく好みの顔だ。
 こんなにもじっくりと銀時の顔を見ることなんてなかったように思う。

 握っていない方の手で銀時の頬に触れる。

(だから、ずっと、ここにいて下さいね)

 胸中で呟いた言葉に、銀時が答えるように手を握り返してきたように感じた。


 end
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