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□空を見上げて (銀魂)
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空を見上げて(銀魂) vol.6 曇天


(あ、銀さん……)
 人ごみの中、前方を気だるそうに歩く銀色の頭を見付けた。
 声をかけようと思った瞬間、隣の人物に目を奪われた。
(……月詠さん)
 銀時の隣には吉原の百華の頭領・月詠。
 スタイルもよく女の目から見ても美人で魅力的な彼女が銀時の隣にいると、何だか二人が何かの映画の中から出てきたように見えた。
(お似合いよね……) 
 こんな買い物袋をたくさん抱えた所帯じみた女とは違う……。
 妙は何だか居たたまれなくなり、一歩下がる。
 そして踵を返してその場から立ち去ろうとした。
 そんなに気にしたことなどなかったのに。
 どうしてこんなにも居心地が悪いのだろう。
 どうしてこんなにもあの二人が見たくないと思うのだろう。

「オイ」
 突然呼び止められた。
 その声はよく知る声。だけど今は聞きたくない声。
「……」
 妙は逸る鼓動を気取られまいと、心の中で必死に落ち着こうと努めた。
 小さく深呼吸すると、偽物の笑みを貼り付けて振り返る。
「あら?銀さんじゃないですか?こんにちは。何かご用ですか?」
「別に用はねえけど……」
「あらそうですの?じゃあ私はこれで」
 買い物袋を抱えなおし踵を返す。今は何だかこれ以上銀時の顔を見たくなかった。
 立ち去ろうとすると肩を掴まれた。
「何怒ってんの?」
 心臓が大きく鳴った。
 自分の慟哭が気取られたことと、それを口にするこの男に何だか苛立ちを覚えた。
「いやだわ銀さん。何故私が怒らないといけないのかしら?」
 振り向いて能面のように貼り付けた笑顔のまま言う。
 そのときに銀時の肩越しに、月詠の姿が見えた。
「あら?月詠さんもご一緒だったんですね。ごめんなさい、お邪魔したみたいになって」
 知ってたくせに。妙はこんなにも意地の悪い自分がいたことに少し心が痛んだ。
「いや……わっちは……」
 複雑そうな月詠の顔。そんな月詠の顔を見ると余計に心が痛んだ。
「邪魔とかしてねえじゃん。俺が声かけたんだからよ」
「そうでしたよね?でも用事はないんですよね?」
「用事がなきゃ声かけちゃいけねえの?」
 銀時は眉根を寄せた。
「そんなことはないですけど」
「お前、やっぱ怒ってるじゃねえか?」
 妙の肩を掴んだまま、銀時は低い声で言った。
「だから怒ってませんてば。私に怒る理由なんて無いでしょう?」
 わざと小首を傾げて笑みを湛えたままで言う。
「いや、怒ってるね」
 だけど銀時は一歩も引かなかった。
 性質が悪い。別に私が怒ろうと何しようと銀さんには関係ないじゃない。
 妙は意固地になってる自分に気が付きながらもだんだん抑えが利かなくなった。
「じゃあよしんば私が怒ってるにせよ、それは銀さんには関係のないことじゃないですか?それよりも月詠さんのことほったらかしにしてていいんですか?」
 銀時の向こうで呆然と二人のやり取りを見ている月詠のことが気になった。
 私なんてほっておいて、月詠さんと一緒にいればいいじゃない。
「デートなさってるんじゃないんですか?なのに他の女に声をかけるなんて、男の風上にも置けませんよ?」
「デートじゃねえよ」
「でも月詠さんのことをほったらかしにするのはよくありませんよ」
 妙はだんだん腹が立っていた。いや、元より何か胸の奥がモヤモヤとするものを感じてはいたのだが。
 銀時と妙の不穏な雰囲気に月詠は居たたまれなくなったのか、口を開いた。
「銀時、わっちはこれで。今日はすまなかったな」
「ああ。じゃあな」
「月詠さん……」
 去り際に妙に微笑みかける月詠の顔が何だか寂しげに見えて、妙は更に罪悪感に駆られた。
「もう気にするこたぁねえだろ?」
 なのに銀時は何でもない風に言う。
「……やっぱり邪魔したみたいになってるじゃない」
「だから邪魔じゃねえって」
 銀時は困ったような顔で髪をガシガシと掻いた。
「結果的にはそうだわ」
 この男に女心なんてわかるわけないわ。
 月詠に余計な気遣いをさせたことと意地っ張りな自分に嫌気がさす。
 妙は俯くと、銀時は妙の手から買い物袋を奪い取った。
「銀さん!?」
「送ってく」
 銀時はそう言うと、買い物袋を抱えて歩き出した。
「いいから!!返して下さい!!」
 妙も慌てて銀時を追う。
「じゃあさ、茶、飲まして。ついでに茶菓子も」
「何言ってるんですかっ!?」
 妙は銀時の突飛な発言に面食らいながらも、あまりに勝手な物言いに腹が立った。
「邪魔したって思ってんだったらさ、お詫びにお前ん家で茶でも飲ませてくれって言ってんの。もちろん茶菓子は糖分のヤツね」
 ニヤリと笑いながらそう言う銀時に妙は顔をしかめる。
「……図々しい」
「だから荷物持ってやってんじゃん?」
 悪びれもせず、そうのたまう銀時が恨めしい。
「じゃあ返して下さい」
「かわいくねえ女」
「何だ?この天パ」
 毒づく妙の拳はしっかりと握られている。
「いやいや、そうじゃなくてね」
 銀時はたじろぎながらも続けて言った。
「……お前さ、暗黒物質作るくせにさ」
「この場で殺してやりましょうか?」
 握った拳を振り上げ、夜叉の笑みを浮かべる妙を銀時は慌てて制した。
「最後まで聞けって!! 俺さ、お前の煎れる茶、好きなんだよ」
「……え?」
 もう少しで銀時の顔にクリーンヒットする直前だった拳が止まった。
「だからさ、お茶飲ませて下さい。お願いします」
 銀時は深々と頭を下げる。
「……今……お茶菓子ありませんよ……激辛せんべいしか」
 赤くなった顔を少し逸らし、妙は言う。
「げっ……まあいいや」
 銀時は頭を掻いた。
「お団子……」
「ん?」
「買って帰りましょうか?私も食べたいですし」
 妙はそう言うと柔らかく微笑んだ。
 その顔に釣られるように銀時も微笑む。
「ああ……そうだな」
 二人は並んで歩き出した。

「あら?曇ってきたわ。雨降るかしら?」
「まだ大丈夫だろ?買い物は全部終わりか?」
 銀時は妙を見下ろし言った。
「後はお団子だけね」
「そうだ団子!! 早く行こうぜ!!」
「はいはい」

 銀時は妙の手を取り、早く早くと急かして歩き出した。
 思いがけず手を繋いでいることに妙の心臓は高鳴った。

 月詠さんには本当に悪いことをしたとは思うけれど。

 今は、この手を離したくないと思った。


 end
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