雨の日の唄
□雨の日の唄61〜90
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雨の日の唄80
「悟空さ。本当に修行には行かねえんだべか?」
チチの膝枕で寝ていると、ふいに声をかけられた。
「ん? 行かねえよ」
そう答えると、大きな黒い目を更に大きくしたチチが、自分の顔を覗き込んできた。
「おめえが二日も修行さ休むなんて、だから雨止まねえんだべか?」
「なんだよ? オラのせいかよ?」
わざと頬を膨らませて言う。
「絶対にそうだべ。修行バカの悟空さが二日も修行行かねえなんて、そりゃ雨も止まねえだよ」
コロコロと笑いながら言うその仕草は、新婚の頃とは少しも変わっていない。
「ひでえなぁ!! オラにだってこういう時はあるって」
「そうだか? 悟飯がお腹にいるときも午前中は修行さ行ってたのに?」
「そ、それでも午後は帰ってきてたじゃねえか……」
「修行行きたそうにソワソワしてたのは誰だべか?」
「うっ……」
それを言われると困る……。
しかし、チチはちょっと不貞腐れていじわるな物言いをしたけれど、ちっとも怒ってなどいないのは長年夫婦をやってきたからわかる。
髪を撫でる手も相変わらず優しい。
「ま、昔のことを言っても仕方がねえべな」
またもコロコロと笑う。
チチは昔に比べたら随分穏やかになった。
年のせいと言ったらまた『どうせおらは年をとっただよ!! おめえは7年前と変わってねえし、年をとるのが遅いからいいべな!!』と怒るから言わないけど、年を重ねて、いい意味で丸くなったのだと思う。
それは自分が随分と苦労をさせたせいでもあって、その苦労の分、チチは何事にも余裕を持てるようになったのではないだろうか?
それこそ昔は自分が何かを仕出かすと烈火の如く怒り、そして号泣もした。
悟飯の教育にも熱を注ぎ、その為ならどんなこともした。
でも、自分の為にもどんなことでもしてくれた。
チチはいつで必死に生きてきた。ピンと張った糸のように、いつもいつも張り詰めて……。
そうしないと、虚勢を張らないと生きて来れなかった状況を作ったのは誰でも無い、自分だ。
そんなことを考え、少し落ち込みそうになった自分の髪を、チチはまた優しく撫でる。
またいらないことでも考えているんだろう?
そんなことを言っているような、優しい瞳で。
チチには何もかもバレている。見透かされている。
でもそんなことも嬉しく感じる。
これが幸せなのかと、改めて思った。
end