雨の日の唄

□雨の日の唄61〜90
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雨の日の唄85


「……あれ……?」

 うたた寝をしていたらしい。

 自宅のリビングのソファーで。チチの膝枕で。

 そして目を開けると見慣れた天井と、チチの顔があるはずなのに。

 でもその視界を占めるものは、確かに見慣れてはいるが、もう暫くは見ることのないと思っていたところ。


 大木の枝葉の下。その合間から木漏れ日のように見えるピンク色の空。


「な、何で……?」

 自分は確かに生き返ったはずだ。老界王神様の命を貰って、確かに生き返ったはずなのに……。

 そして、家族の待つ、パオズ山に帰ったはずなのに……。

 何故また此処にいるのだろうか……?

 死んでいた間に生まれていた小さな次男にも、幼い頃に全てを背負わせてしまったが立派に育ってくれた長男にも、散々苦労をかけ痩せてしまったが昔と変わらない妻にも、その家族の温もりに確かに触れていたのに。

 それは全て夢だったというのか……?

 今までのことは此処で見ていた夢だと言うのか……?

 あの温もりは確かに感じられた。なのに、あれは夢だったのか?

 身体を起こし、辺りを見回す。

 そこは自分が死んだ後、修行をしていた場所。
 よく修行の合間、この木の下で寝ていた。

 そして時たま、家族のことを思い出した。

 チチに、悟飯に会いたくて、人知れず涙を流すことも……。


 あれは……夢だったのか?

 新しい命を得て、生き返り家族と共に生きていたことは。

 全て夢だったというのか?


 あんなにもリアルに、家族の温もりを感じたのに、全て夢だったと……。

 一度自ら手離し、そして図らずも得た命で帰ることが出来たのは、

 全て自分の願望だったのか……。


 絶望―。そんな気分だった。


 もう一度、寝転ぶ。そして静かに目を閉じる。

 またあの夢が見たい。家族と共に過ごした、あの夢が見たい。

 そうすると、だんだん意識が遠くなった―。



「……さ…空さ……悟空さ……」
「……ん?」

 とても懐かしい、そしてとても愛しいと感じる声に導かれるように目を開ける。

 そこには先程まで喉から手が出るほどに欲した、愛しい顔がそこにはあった。

「チ……チチ?」
「そろそろ起きてけれ。おら足が痺れ……んっ!?」

 身体を起こすと同時にチチの身体を思いっきり抱き締めた。

「悟、悟空さ?」
「……夢じゃ…ねえ」

 この温もりは本物だ。この温もりは夢なんかじゃない。

 チチの華奢な身体、匂い、感触、全て本物、幻なんかじゃない。


 これは夢なんかじゃない。

 現実なんだと、この腕の中の温もりがそう言っていた。


 end
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