雨の日の唄

□雨の日の唄61〜90
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雨の日の歌90


 まだ心臓がドキドキしている。

 チチの細い腰に腕を回してその心臓の鼓動を聞いていても、先程の夢が自分の中から消えてくれない。

 確かにこの温もりは本物なのに。

 確かのこの鼓動はここで鳴っているのに。

 確かに自分はここに戻ってきたのに。

 それでも僅かに残る不安……。

 
「チチ……」
「なんだべ?」

 悟天がよくそうするようにチチに抱き付く自分の髪の毛を、チチは優しく撫でながら返事をした。

「……どこにも……行かねえよな?」
「そうだべなぁ……小雨でも雨だしなぁ……食料もおめえ一人なら何とかなるくれえあるし……」
「そうじゃなくて」
「ん?」

 見上げると小首を傾げてこちらを見ている。

 その顔は結婚した頃と全然変わっていなくて……。

 でもそのあとすぐに得心したような顔になって、

「行かねえべ。おめえとは違うもの」

 そう言って苦笑した。

 その返事を聞いた途端、再びチチの胸に顔を埋めた。

「嫌な夢でも見たんだべ?」
「……うん」

 そう返事することが少し恥ずかしかったけど、それでも不思議と素直に返事をした。

 嫌な夢。チチと離れ離れになっていた頃の夢。

 その選択をしたのは自分で、向こうの強者と戦えると喜んでいたのも自分だ。

 でもこうして生き返って、チチと子供たちの温もりを実感してしまうと、もうあそこに戻りたくないと思う自分がいた。

 怖いのかも知れない。離れ離れになることが……あの世とこの世で別けられるその日がくることが……。

 でもいつか再びやってくるだろうその日が、出来ることなら二度と来なければいいのにと思う。

 今度はどちらが置いて逝くことになるのかわからない。
 
 でもその時は、共に逝けたらと切に願う。

 難しいことであることはわかっている。

 それでも、そう思わずにはいられない。

 チチを置いて逝くことも、チチに置いて逝かれることも、絶対に嫌だ―。

「大丈夫だべ悟空さ。おらは何があってもおめえの傍にいるだよ」
「うん……」

 その約束がいつか破られることになったとしても。

 自分たちの心は、何があっても決して離れることはない―。


 end
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