雨の日の唄
□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄105
「まったく悟空さはっ!! ホントッ恥かしいったらないべっ!!」
まだ手に包丁を持ったまま、チチは真っ赤になって怒鳴った。
「だってよ……」
「何がだってだべっ!?」
「イチャイチャしてえって言って何が悪ぃんだよ……」
「そういうこと言うでねえっ!!」
チチは顔を更に真っ赤にした。
「なんでだよ? オラはオメエとイチャイチャしてえんだ」
本音だ。今はそれしか考えられない。せっかくの二人っきりなのだから。
「悟空さって、やっぱりそんなこと言う人じゃなかったべ……」
チチは頬を染めながら呟いた。
昔は羞恥が先行してこういった類のことは言ったことなどなかった。
今となれば何故言わなかったのだろうと思うのだが、やはり自分も若かったのかなと思ったりもする。
でも、今こういうことを言うには大きな理由がある。
「昨日も言ったけどさ、やっぱ死んじまって、オメエに本当に言わなきゃなんねえこと、一つも言ってねえなって思ったしさ……」
「……悟空さ……」
やはり死んで後悔したことの一つだった。
自分の気持ちを伝えてなかった。
でも、セルとの戦いの前にそのことを言ったら、チチは自分が死を覚悟していると気付くから言わずにいようと思った。
どれほど後悔したことか。自分がどれだけチチを想っているのか、伝えられずにいたのだから。
それに……。
「それにさ、悟天がさ……」
「悟天?」
チチはキョトンとした顔で自分の顔を見つめている。
「ああ、悟天のヤツがオメエかオラにベッタリだろ?」
「へ?」
「悟飯は空気読めてたっていうか、結構気ぃ使ってくれてたよなぁ〜」
「?何言ってんだべ?」
チチは相変わらずキョトンとしている。
「アイツはずっと一人で寝てたしさぁ」
「まぁ、一人で寝れねえとなぁ……」
長男を一人で寝かしつけるようにしたのはチチだ。
気持ちの強い子にする為だったようだが、ほとんどの原因は自分の我がままにあったように思う。
「悟天はオラが生き返ってからオラたちと一緒に寝ることが多いだろ?」
「悟天はおっ父を知らずに育ったんだから仕方がねえべ」
次男には悪いことをしたと思う。だから自分も次男の我がままには付き合うようにしているのだが……しかし……。
「そりゃわかってんだけどさ……」
「なんだべ?」
「やっぱさ、悟天がいると気ぃ使っちまうからさぁ……」
「だからさっきから何言ってんだべ?」
チチは意味がわからないといった風に顔をしかめ始めた。
「だってよ、悟天がいると思いっきりやれねえ……うわっ!?」
「おめえっ!! 何考えてんだっ!?」
またも包丁が顔を掠めた。
「危ねえって!!」
「おめえが包丁くれえで死ぬかっ!! てか昨日も今日も散々っ……と、とにかく何言ってんだっ!!」
チチは真っ赤になって眉を吊り上げながら、先程投げてきた包丁とは別の包丁をどこからともなく取り出して振りかざした。
「やめろって!! すまねえっ!! オラが悪かったっ!!」
「おめえ子供が寝てる横でそんなこと考えてただかっ!?」
「当たり前……じゃなくて、たまにだ、たまにっ!!」
「信じらんねえっ!! 悟空さのスケベッ!!」
「しょうがねえだろ?悟天が寝てるったってオメエも寝てんだから」
「っ!? もう許さねえっ!! 今日はメシ抜きだっ!!」
「いっ!? それだけは勘弁してくれっ!!」
「知らねえっ!!」
「チチィ〜」
こんなやり取りだけど、幸せだと思うのはやはり7年も離れていたからだろうか。
いや違う。自分は昔からチチとのこんなやり取りが好きだったのかも知れない。
お小言が多くてすぐに怒って、自由奔放な自分とは正反対のチチ。
最初は『ケッコンなんて面倒だ』なんて思ったこともあったけど、そんな気持ちはすぐに薄れて、ついには消えて無くなった。
確かにお小言は多かったけれどそれ以上にチチは優しくて、今まで味わったことがない、気持ちの満たされた生活だった。
それまで誰かをこんなにも守りたいと思ったことなどなかった。
楽しむ為に戦っていた昔と違い、誰かを守る為に戦うようになった。
楽しみたいという気持ちもなくもないが、それ以上にチチを、悟飯を、悟天を、地球の皆を守りたいと思う。
こんな思いをくれたのは誰でもない、チチだ。
「おら、今日はメシ作んねえからな!! それにおめえはここで寝ろっ!!」
チチはそう言ってリビングのソファーを指差す。
「ホントにすまなかったっ!! もう余計なことは言わねえからさっ!! だからそれだけは勘弁してくれっ!!」
せっかくの二人っきりなのに、床を分けるなど考えたくもない。言わば生き地獄に近い。
今は飯が食えないことよりもチチと一緒に寝れないことの方が深刻だ。
せっかくの夫婦水入らずなのだ。
邪な考えとは別に、やはり二人っきりの時間は仲良く過ごしたいではないか。
どうにかチチに機嫌を直して貰わねば。
end