雨の日の唄

□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄108


「なぁチチィ、頼むから機嫌直してくれよ〜」

 そっぽを向いたままのチチに懇願する。

 生真面目なチチが子供の傍で不埒なことを考えていた自分に腹を立てているのは当然のことだろう。

 でも自分にとっては、そこに何年も離れていた愛しい女が寝ているのに子供がいるから手を出せないという、言わば生き地獄のような状態なのだ。

 どうしてもチチに機嫌を直して貰わなければ、折角の二人っきりも無駄になってしまう(昨日から今まで散々我が侭を聞いて貰ったのはこの際置いておいて)。

 こうなれば奥の手しかない。


「……ん?……悟空さっ!?」

 違和感を感じたのだろう。チチは驚きの表情でこちらを振り返った。

「何で超化してんだべっ!?」

 超サイヤ人に姿を変じてやった。

 チチはこの姿を見るなり眉根を寄せて後退る。

「何で逃げんだ?」
「何か嫌な予感がするだっ!!」

 さすが自分の妻だ。よくわかっている。

 自分がこれから行おうとしていることを、長年の経験か、はたまた勘なのか、チチは感付いたようだ。

「近寄るでねえっ!!」

 そう言って逃げるチチの腰に手をやり抱き寄せる。

「は、離すだよっ!!」
「うるせえ口だなぁ。こんな口は塞いじまおうか?」

 チチの顎を掴むとこちらに向かせる。

「わ、わかったっ!! わかったから離すだっ!!」

 チチは真っ赤になって叫んだ。

「まったく。最初っからそう言やいいのに」

 そして超化を解いた。

「ホント、オメエはこの姿嫌えだよなあ……」

 そう自虐的に言って苦笑する。まあこの姿で散々口では言えないようなことをしているのだから、チチが拒絶反応を見せても仕方がないのだけど、やっぱり少しショックで……。

「……別に……嫌いでねえよ……」

 目を逸らして真っ赤になりながら、チチは辛うじて聞こえる声音で言った。

「へ?」

 思わず間抜けな声が出た。

「嫌いなんかじゃねえだよ……」

 今度ははっきりと。

「だってオメエ、今まで超化したら怒ってたじゃねえか?」
「それはおめえが無茶するからだ」

 眉根を寄せて睨まれた。

「そりゃ……すまねえ……」

 確かに超化するとチチに対しても無茶ばかりしていたように思う。この際言い訳など通用しないだろうな、と思った。

「なんだ……嫌われてなかったんか」

 何だかホッとした。

「両方おめえなのに嫌いなわけねえでねえか。ただ、黒髪の悟空さの方がほんのちょっと、好きなだけだべ」
「そうなんか?」

「だって、おらが一番最初に好きになったのはこっちの悟空さだからな。だから仕方がねえんだべ」
 チチは苦笑しながら言った。

「でもおら、何があっても悟空さのこと好きだもん。それだけは変わることねえだよ。だからどっちの悟空さも好きなんだべ」
「チチ……」

 胸の奥が熱くなるような、そんな感覚を覚えた。

「でもな、あっちの悟空さも悟空さなんだってちゃんとわかってんだけんど……なんだかなあ……」
 チチは考え込むようにして腕を組む。

「でもさ、あっちのオラのことも好きなんだろ?」
「だからさっきから言ってるでねえか? だって悟空さだもん」

 何を当たり前のことを。と付け足して、大きな黒い瞳で見上げてくるチチが限りなく愛しく感じる。

「チ……」
「ち?」
「チチーーーーーッ!!」
「きゃっ!!」

 思わず超化し、チチを抱き締めた。

「悟空さっ!? 何だべ急にっ!!」
「オメエがそんなこと言うからだっ!!」
「はあ?」

 ジタバタと自分の腕の中でもがくチチの身体を抱き締める力を強める。

 何度でも確認したかった。

 チチが自分を好きだと思ってくれてることを、何度でも感じたかった。


 いつだってどんなことだって、チチは自分を許してくれた。

 どんなに文句を言ったって、最後には絶対に許してくれた。

 あのとき、悟飯と精神と時の部屋に入る前だって、文句を言いながらも許してくれた。

 どんなにこの姿を変じてしまっても、チチは関係ないと言ってくれるのだ。

 自分だって、チチがどんなに変わってしまっても、いつまでも愛していると宣言できる。

「もう離すだよっ!!」
「いやだ!! ぜってーに離さねえっ!!」

 そうだ。離してたまるものか。

 どんなに真っ赤になって、この腕の中でもがこうとも。
 
 今まで散々離れ離れになってきたのだ。

 これからは絶対に離さない。


 end
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