雨の日の唄

□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄109


「何じゃ? 悟空は来ないのか?」
「ええ。何て言うか……」

 先程の親友の様子を、師匠にはどうも言いよどんでしまう。

「どうした? はっきりせんの?」
「ハハハ……」

 渇いた笑いしか出ない。

「どうせあてられたんじゃないのかい?」
「へ?」

 娘を抱いた妻が突然言った。

「あてられた?」
 師匠は妻の言葉をおうむ返しした。

「あれだろ? あそこの夫婦のアツアツぶりにあてられたんだろ?」
「何でわかるんだっ!?」

 ニヤッと笑いながら言う妻の言葉に驚く。

「それくらいわかるさ。何たって孫悟空はこの間生き返ったばっかりだろ? 今一番イチャイチャしたい頃なんじゃないのかい?」
「……そう……みたい」

 意外過ぎるほど意外な親友の姿。

 まさか、あそこまで奥さんベッタリなヤツだとは思わなかった。

 あの、電話口の様子を思い出すと何だか赤面する。

 そんな自分の様子に気付いたのだろうか。師匠が口を開いた。

「おぬし、悟空とチチがラブラブだということを知らなんだのか?」
「え? 武天老師様はご存知だったんですかっ!?」
「知ってるも何も、あの二人がチューしてるとこ、見ちゃったもんね」
「マジでっ!?」

 ニタニタと笑いながら言った師匠の爆弾発言に仰け反った。

「チュ、チュ、チューってっ!?」
「何焦ってんだよ? 夫婦なんだからそれくらいのことやってんだろ?」
「そりゃそーだけどっ!!」

 そりゃ夫婦だ。二人の子供もいるのだからそれなりのことをしているだろうけど、問題はそこではなくて……。

 ああ、もう何て言ったらいいのかわからないっ!!

「……で……どこで見たんですか?」

 とにかく興味がある。あの二人がどんなシチュエーションでどんな風にキスしたのか、大いに気になるところだ。

「ありゃ悟空が心臓病が治って、悟飯を連れて精神と時の部屋に入るって言ったときかの。瞬間移動で行く前にこうブチューっと」

 師匠は唇と尖らせて、キスをする真似をしてみせた。

「え!? そんなときにっ!?」

 知らなかった……。

 呆気に取られている自分に師匠はまたもニタニタした顔を見せる。

「お前に言ったらまた羨ましがると思って言わなんだんじゃがの〜……」
 
 と、自分と妻の顔を交互に見るその顔はかなりいやらしい。

「なっ、何ですかっ!?」
「今なら言っても羨ましくもなかろう?」

 師匠の言わんとせんことを理解した途端、顔が火を吹いたように熱くなった。

 隣の妻を見ればその整った顔を赤らめて師匠を睨んでいる。

 親友夫婦に意外な面があるのと同時に自分たちにもあまり勘ぐられたくない部分もある。

 しかし、当時聞かされていたら自分がとんでもなく羨ましがるのは間違いない。
 自分でも恥ずかしいくらいに羨ましがっただろう。

 まあ今となれば当時に聞かされなくてよかったかな?と思うが、今は昔とは違う。

 今は親友夫婦が意外にも仲が良くてよかったな、という気持ちでいっぱいだ。

 既に冷めていたと思われていた親友夫婦が(なんたって『約束だから』と言って、いつものように『まいっか』で結婚を決めたくらいだから)、実はそうではなかったらしいと思い知らされた7年前の戦い。

 息子のことばかりだと思われていた妻は心底夫を心配し、どんなに疲労の色を見せても心臓病で寝込んでいる夫の傍を離れなかった。
 そして大事な息子を鍛えることに理解を示した。

 夫の方も、最後の最後にその脳裏に浮かんだのはきっと妻だったのだろう。
 妻に対する遺言を息子に託し、この世を去った。

 あの当時の自分は親友の妻の妊娠に『悟空のヤツもやるな』などと率直な意見しか口にしていなかったが、本当はこの夫婦が冷めたものではなかったのだとわかって嬉しかったりもしたのだが……。

 でもそれだけではない。

 その裏に隠されたあの夫婦の真実。あの夫婦の想い。

 実に夫婦というものは奥が深い。

 わかったつもりでいても、あの当時はそのこともよくわかっていなかったのかも知れない。

 さっき、電話で昔なじみの女に言われたように、ちゃんと見ていなかっただけだったのだ。
 
 でも今ならわかるような気がする。

 自分にも親友と同じように、この身を犠牲にしても守りたい存在がすぐ傍にいるのだから。

 そして彼に彼女が必要なように、自分にもこの妻が必要なのだ。

 自分たちをからかう師匠を真っ赤になって睨みつける妻を見て苦笑しながらも、今ここにある幸せを堪能した。


 end
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