雨の日の唄

□雨の日の唄91〜120
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雨の日の唄118


「こら。お行儀が悪い」
 夕食を終えてすぐ、ソファーで寝転がってるとチチに咎められた。

「わりぃわりぃ。なあ、オメエも早く座れよ」
「ん……でも明日子供たちが帰って来るべ。飯いっぱい作っててやらねえと」
「そだなぁ……」

 チチは台所で息子たちのための料理の下準備のために忙しそうに立ち回っているが、何だか嬉しそうに見える。
 

 明日息子たちが帰って来る。

 今日まで二日間、チチと二人っきりだった。

 長男が生まれてから、チチと二人っきりということは滅多になかった。

 ピッコロと修行をしていた頃、何度か(いや、何十回か?)ピッコロに長男を預かって貰ったことはあるが、それ以外はほとんど夫婦二人っきりというより家族三人、自分を除いた母子二人っきりといったところだ。

 一度、一週間ほど二人っきりの時間があった。あれは自分が死ぬ前、セルゲームの前だった。

 あのときは家族三人で過ごすという選択肢もあった。
 しかし、自分の覚悟と不安を長男に悟られたくないという気持ちが先行していたように思う。

 あの頃の自分は、親になって十年近く経っていたと言っても人間としてまだまだ未熟だった。
 長男の気持ちを慮ってやることも出来なかった。
 親としては失格だな、と思ったこともあった。

 今思えば普段から修行ばかりで稼ぎもなく、夫としても父親としても失格だった。
 かと言って今はちゃんとしているのか言うと、そういうわけではないが……。

 精神と時の部屋に入る前にチチと戦いが終わったら働くという約束は未だに守っていない……。

 忙しなく動くチチの後姿を見ながら、申し訳ないな……という気持ちだけは毎度のことながらあるのだが……。

 今もそう思いながらチチの姿を目で追う。

 相変わらず無駄のない動きで、チチがいい妻であり母であり一家の主婦であり、引退したとは言えいかに優れた武道家であるかを表している。

 そんなチチの後姿を見ることが、死ぬ前も生き返った今も好きなのだ。

 7年振りに生き返ってから二人っきりになったのは今回が初めてだ。

 生き返ってから次男が寝るときもくっついている。
 それも少し困ることもある……のだが、それでもずっと離れていたのに慕ってくれることは何よりも嬉しい。

 起きているときも修行に連れて行ったり遊んだりして、今まで無かった親子の時間を取り戻そうとしている。

 次男を見ていると、今はもう自分とは変わらないほどに背丈も伸び、立派な青年へと成長した長男がまだ小さな子供だった頃のことを思い出す。
 
 泣き虫で甘えたで、でも優しくて正義感の強い長男。

 かつて自分にもあった尻尾を動かしながら楽しげに走る姿に、自分の子なのだという実感と、思わず頬が緩むことなど毎度のことで。

 コイツは何があっても守らなくてはならない存在なのだと思っていた。
 
 しかしいつの間にか自分の力をも凌駕する存在となって、これが自分の子だということが誇らしく思えた。

 自分という父親を持ったことでしなくてもいい苦労をたくさんしてきただろうけど、今でも昔と変わらず慕ってくれている。

 そんな長男が今、恋をしているのだという。

 何だか嬉しくなった。ようやく普通の生活を取り戻したのだと、何だか嬉しくなった。

 そして、そこまで成長した証なのだということも。


 次男も父親を知らないという寂しい思いを散々させてきた。

 だからだろうか、長男とは少し違う意味で甘えたな次男は、自分がどこへ行くにもついて来ようとする。
 
 置いて行こうとすると不安そうに見上げてくる。

 そんなときは苦笑して『すぐに帰えってくるって』と言って自分と同じツンツン頭を撫でるのだが、やはり申し訳ない気分になる。
 
 ずっと離れていた。だからだろうか、自分がどこかへ行こうとすると、またどこかへ行って帰って来ないのではないかと思っているようだ。

 泣き出しそうなその顔に、胸が潰れそうになる。

 どれだけ酷いことをしてきたのだろう。どれだけ家族の心を傷付けてきたのだろう。

 だからこれからはもっともっと親子の時間を作ろうと思う。

 今まで以上にもっともっと。アイツらが『もういい』と言うまで。

 ……と、チチに言っても、『そんなこと言ったって、また修行修行で帰って来なかったりするんだべ?』と言われるのは目に見えているので言わずにおくが。

 どんなにこの二人の息子が誇らしく、大事に思っているか。

 息子たちには照れくさくて言えないが、アイツらはきっとわかってくれているだろう。

 チチと自分の、大事な大事な息子たちなら―。


 end
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